1-7,歔欷の預言者との約束
「さぁ、本題に入ろう」
最初の物静かそうなおどおどした彼はどこに行ったのだろう。普段工場で手足を真っ黒にして働く女奴隷がある程度きれいな服や髪留めで着飾って石鹸の香りをまとって帰ってきた時のようだ。
「お前に予言を授ける。お前にやってほしいことは、お前とあいつの死の回避につながる可能性がわずかにでもあることだ。1つ、一か月もたたないうちにお前のもとに貴族の客が来る。そいつはお前をひどく気に入り頻繁にお前の時間を買うようになる。お前は屋敷に招かれ妹を紹介されることになる。その妹がお前にこう尋ねる。」
彼は深く息を吸い、ゆっくりと聞き取りやすい声で言った。私の目を見つめたまま瞬きもしないそのすがたに私は不覚にも恋に落ちそうだった。目と目を見て二人きりで話すなど今までの人生であっただろうか。
「なぜ死にたくならないのですか、と」
気迫のこもった表情と重たい声の出し方に私は体を震わせた。そして今の自分だったらその問になんと答えるかを考えた。そして私は心の中で「今この瞬間のために生まれてきたんだなと思えるその時のために」と結論を出した。肥溜めのような私の人生はこのままではこの世に生を受けた意味すら分からなくなってしまう。
空間とか重力とかが乱れるようなことは彼は言った。
「今この瞬間のために生まれてきたんだなって思えるその時のために、とお前は答えようとするんだ。でもな、それを言わないでほしい。誤魔化せ。何も思いつかないなら黙ってろ」
語尾が徐々に強くなっている。呼吸も少しだけ荒くなってしまった。再び目に涙が浮かんでいる。
「次だ。この国を出て雪国に行くことがある。その時、お前は酒場でホットココアを出される。それに絶対に口をつけるな。そしてその夜、何か気になることがあっても外で音がしても宿屋の個室からは出るな」
「待って、メモを取るわ」
男は「それがいいな。悪い、こっちのペースで急がせて」と言い、私が書き終わるのを待ってくれた。筆記具は客の容姿や趣味趣向、そしてたどり着いた距離感を記載するために常に部屋に隠しておいている。私はオーナーが購入した奴隷の中で唯一文字の読み書きができる奴隷であり、その立場は重宝もされるが警戒もされやすい。
「文字の読み書きができるって点でお前の値段ずいぶん吊り上がったんだろ?」
その通りだ。悔しいからもう驚いてあげなかった。「その通りでございます」とばかりに涼し気に微笑んだ自分が間抜けだと気がついていた。