9-2,奴隷は何も選べない
何故私自身に色がついているのか、私は不思議でたまらなかった。そんな、色を忘れた世界に私はたどり着いてしまったようだ。私はおそらく自分の手首を切って、そこから流れてくる血液が赤かったら、全ての気力をなくし絶望していたように思う。
そこは不純物を一切含まない水で出来た氷と、女神さまが吐いた空気を凍らせて作るガラスだけで構成されたような空間だった。まるでマントルから地上まで一枚の巨大な透明の板で出来たような地面は、雲に隠れているわずかな日の光を反射した。木も葉も草も花も、まるで1000年の時を超えて色や役割を忘れ、その形だけがこの世界に結晶や水晶としてこの世にかろうじて残っているかのようだった。触れたら、肌の熱でふわりと消えてしまいそうな。
ここに数時間寝込ろんで居たら、私の色素も頭から足の先までを循環し続ける毒や穢れも、それから罪も虚しさも恥も醜さも、全部どこかへと抜け落ちて、私もこんな美しい物体になれるのだろうか。私がこの世界の一部になることをこの森の守り神は許してくれるだろうか。
「許してくれるわ。この森は残忍な狩人だろうと、余命数日の生命であろうと、若い木と老いた木の見分けすら付かない木こりだろうと、拒んだりはしないわ」
その声は私が狂気の中で聴いた歌声と同じだった。声の主は奥からこちらに向かって歩き、ゆっくりと確実に近づいて来ている。そして私が手を伸ばしても触ることの出来ない距離で止まった。
この森は音も動きも色もない。まるで朝露のような葉は風で揺れることもなければ、地面に落ちて音を立てることもない。もっとも美しい死が構築されているようにも見え、清められた生の究極の美が表現されているようにも思える。私はその中で死んだように息を止め、自らの心音に感覚の全てを委ねた。
「よく来てくださいました。私はあなたがここに来てくださるのをずっと待っていましたのよ。自らの使命を終える前にその生を終えてしまっては神様との約束を守ることが出来ませんから」
彼女はちっぽけで貧弱な体をした私よりは大人だと思わせる背格好をしていた。透き通るような美しい白髪は腰まで伸びている。しかし、顔には額の部分に不思議な模様が書かれただけのシンプルな仮面をしており、服は真っ白で模様も何もないが、手の指先も足の指先も見えないほどに袖も裾も長い。彼女の肌が見えているのは首や顎の裏くらいだった。




