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君は奴隷でぼろぼろで  作者: なみだぼたる
第1幕 奴隷は愚かで強欲で
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8-11,奴隷は愚かで強欲で


 真冬に暖炉の前で毛布に包まってお昼寝をしていたかのように、不覚にも私はぐっすりと眠ってしまっていたようだ。疲弊しきったこの身体に休息を与えるために、まるで月がもう一度上って沈むまで丸々一日眠ってしまった朝のように感じられた。目を開けた時少しだけ体が楽になっているような気がした。


 しかし起床のきっかけは優しいものではなかった。どうやら私は筋肉を完全に休めて眠ってしまったらしく、奴隷と壁の間に寄り掛かって眠るどころか、老いたよぼよぼの骸骨のような奴隷を下敷きにするように全体重をかけてのしかかり眠っていたのだ。足の甲を踵で踏まれ頬骨に爪を立てられ、髪の毛を引っ張られ手首を捻られた。口の中から血の味がした。


 それでも、それでも。目ざめの良い朝だった。頭がすっきりしていた。深く深呼吸をしても顔が痛くならず、気まぐれに微笑んでみても呼吸が苦しくならない。


 外に出た瞬間、私は頬を拳で殴られ、軽い体は簡単に吹っ飛んだ。土埃を上げて私は地面に転がり自らの歯で口の中を切り血の味はさらに広がった。元々奴隷の肉体だったものが混ざっていると予想される土の味も口内に広がった。


 私は機嫌が良かった。何故だろう。わからない。自らが異常であることを認識してはいるのだが、今は何をされても不快に感じないような気がした。私はそれを負に対する感覚や感情が鈍くなっているのであろうと自己解釈し、非常に心地よい快感を得ることが出来た。この麻酔はきっと私を狂気から遠ざけてくれると信じていた。憎しみも恥も虚しさも、全部見えなく、そして感じなくなれば、私はもう自らの狂気を恐れて震えることもなくなるであろうし、罪悪感の支配からの逃亡か叶う。


 私は今、自分に降りかかる理不尽の全てを許すことが出来るように思え、薄汚れた空を虹のかかる青空だと信じて歌うことが出来そうだった。曲名の一つも思い出せないのだけれど。


 今日は戦地から運ばれてきた少年兵少女兵の死体を大量に埋めなくてはならない。彼ら彼女らは奴隷になる道を提示され、それに屈せずに兵隊を選んだのだろうか。それとも有無を言わさず奴隷同様の扱いを受けながら兵隊となったのだろうか。私はもう男か女かも区別がつかないような体は細く髪は短い自分と歳が変わらないように見える死体を穴に置いていった。その遺体達は長く続く戦争の悲惨さと兵器の進化を物語っていた。


 しかし作業の内容はいつもと何も変わらない。単純なものだ。昨日掘った大きな穴に埋めていくだけ。


 しかし。けれど。でも。変化のきっかけは、根本は、いつだって私が持って来るわけではない。外の世界が持ってきてしまうのだ。


 フェンスの奥の彼はまたやってきたのだ。私達のマスターである所長ジグの幼い息子がこちらをじっと見ている。しかも、私の方を見ているような気がした。しかし私はまさか彼と目を合わせるわけにもいかない。一応あたりを見回し紙飛行機が落ちていないかと探したがそれらしきものは何もなかった。


 理由もなく汚らわしい奴隷を見つめる者はいないだろう。彼も何か用事があるのだろうか。彼は十数分もの間、私が死体を片付けていく様子を眺めていた。しかしやがてジグが彼の元にやってきて彼の目を暖かそうなその両手で優しく塞ぎ、彼に何かを言った。「怖いから、危ないから、見ては駄目だよ」とでも言ったのだと思う。


 少年はジグに連れられ、人間達が待つ倉庫の中へと入って行った。手を繋がれながらも彼はこっそりと私の方を数回振り返り見た。けれど表情など見えない。彼がどんな感情で私を見ていたのかわからなかった。彼はこれから自らに優しくしてくれる大人達と共にラジオなんかが音を鳴らす事務室で、甘く温かい飲み物を飲むのだろう。





 しかし、それから30分も経たなかったと思う。フードのついた青いコートに身を包む幼い少年が、あの小さな歩幅で入って行った倉庫が、足元が地獄まで避けてしまうのではないかと言うような地響きと共に、視界をつんざくような閃光と共に、爆発した。


 外で作業をしていた私達奴隷は、本能的に地面に伏せ耳や頭を抑えていた。目が見えるようになるまで、ひどい煙の臭いが現実の全てだった。


 目を開けることが叶った時、私の、カラの前方には激しく燃える本来は見慣れているはずの倉庫があり、振り返ると、自分の後方には、まるで天使が羽根を女神が足跡を残して行ったかのように、煌めき揺れる花々が生命を惑わす甘美な香りを撒いて、真っ直ぐに道を作っていた。それは地平線の奥まで続いている。


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