8-9,奴隷は愚かで強欲で
歔欷の預言者は、不安定な預言者は、得体の知れない預言者は、私にこう言っていた。
「1年後、お前の人生は大きく変わり始める。そして3年後の冬、お前は大切な人を守るために命を落とす」
私はその予言をすっかり忘れていた。疑惑や信頼に思いを馳せる余裕などなく、3年後どころか私は明日にでも本当に本当に、死んでしまいそうだからだ。栄養失調と不衛生と度重なる暴力により、私が心臓を動かすエネルギーはもうほとんど残っていないように感じられた。あの預言者が来てからどれだけの月日が流れたか、それもわからなかった。
私が今いる場所は誰からも大切に思われず愛されなかった者達が死んだ際に行きつく場所だ。奴隷の終着駅と言える。
「そっか。生きてるか死んでるかもわからない彼女達も、私よりは長く生きるであろう彼女達も、私もいずれは同じ地で眠ることが出来るんだね」
いや、馬鹿かよ。死んだあと魂もなくなったその骸がどこに埋まろうと関係がない。「今日の肥溜めはラム肉風味だよ」と教えてもらってもだから何だとしか思えないし塩がかかった排泄物と胡椒がかかった排泄物、どちらもおそらく区別がつかない。
私は自らが狂ってしまうことが死ぬことよりも恐ろしく、その原因となるであろう記憶と感情を石臼で粉にして水で溶いて、眼球を混ぜては練って膵臓と混ぜては捏ねて、私の心臓を丸呑みする蛇を作り上げた。ヘビは私の心臓を食べるその時を待っているし私も蛇が食べてくれるその時を待って居る。蛇が自らの本当の姿を思い出したのならば、すぐさまその目と鼻の先にある心臓を食べてくれ。そうしたらその記憶と感情を持ってどこへ行ってしまってもいいから。誰に会いに行ったとしてもそこで何を告げ何をしたとしても目を逸らさず、あなたの一部となってそれを見つめるから。そう、あなたが槍に貫かれるまで。
私は狂った自分を誰かに見せることがこんなにも怖いというのに、私がついにその聞こえるはずのない声を聞きとってしまうこととなるのは満月が大きく大きく見える日だった。自らの意志で、自らの聴覚で、それを聞くことが出来たのならば、私はもう無意識に話しだしたりするようなことはなかった。
それは受け入れを拒むべき対象を知らず知らずのうちに受け入れてしまったかのようで、私は顔を青くして震えた。
私の心の扉を開けたそのバケモノはちゃんと鐘を鳴らしノックをしただろうか。名を名乗りマスクを取り、自らが害を成す存在であると伝えただろうか。
預言者の予言が実現するまで、あとほんのもう少し。




