8-7,奴隷は愚かで強欲で
その紙飛行機はあまり綺麗に角を合わせて作られてはいなかった。裏面に何か絵が描かれているようでところどころにそれがはみ出て見えている。男の子特有の適当さや不器用さだろうか。
私は声も出さず、息もせず、ただその紙飛行機を細くしてフェンスの間から差し込んだ。少年の口から出る空気が「ありがとう」と言い、その小さく柔らかそうな指が紙飛行をつまんだ。幼い子どもが相手だからだろうか、かすかついてしまった私の指の跡が素直に申し訳なかった。
私達は互いに一度も目を合わせず、いやもしかしたら向こうは合わせようとしていてくれたのかもしれないが、とにかく私達は用が済んだら二人共すぐに背中を向けた。私は爪で目の端を引っ掻いてからすぐさまスコップを握った。
スコップを握りしめ作業に戻った。誰も私に何も言わなかった。
砂が入った目をこすりすぎて涙が両目から流れ始めた頃、馬が重たい荷台を引っ張る車輪の音が聞こえて来た。私が生まれる前から続いている世界大戦は次々に死者と捕虜と貧困者と奴隷を作りだし、死骸は埋めても埋めてもキリがない。時折明らかに奴隷ではない人間様も混ざっていてここに来た最初の頃はいちいち同じように処理をして良いのかと周りの奴隷に尋ねていたが、もうゴミはゴミとして余計なエネルギーを脳に使わず運んでは大穴に放り込んでいる。人間様であろうと誰かに弔ってもらうことが常識である時代は戦争と共に終わったのであろうし、隠蔽したい死も、身元不明の死骸もきっとある。でも奴隷の思考や感情に意味はないと私は知っているのだ。いや、もともと知っていたことを改めて知ったのだ。
作業場に明かりはない。暗闇の中作業の続行に限界が来ればけたたましく銅鑼が吠え私達は檻の中へと帰される。誰かが吐いた息を吸う牢獄へ。過密、満員、人口過多、奴隷ゴミ。
当然今日は座れないけれど、もう死骸処理の素人ではないのだから他の奴隷への迷惑や関係の良し悪しなど何も考えず、自分の身体のことだけを考え眠る。ミイラのような自分の体にも当然体重が常にかかっている。ここに来てから鼻がすっかり悪くなってしまった。血の匂いも汗の匂いも何も感じない。もしここで突如薔薇の香りが混ざった石鹸水が頭上から降ってきたならば、血液とイチジクを煮込んだソースと心臓の輪切りが悪魔からふるまわれたのだと勘違いさせられそうだ。多分それを私も皆も食べるだろうけど。
明日は黒焦げの顔もわからない死骸を処理する日だ。
「どこに届ければいいのかしら? お花と言われても私はここに来てから一度もお花も雑草も、見ていないわ」
寝息を切り裂くように、寝ぼけて崖から一歩を踏み出すように、いや、死んだあとに呼吸を止めすぎたことに気が付いたかのように、誰もしゃべらないその部屋でそう言ったのは私だった。
「何が?」
「急にどうした?」
休息を取っていた大人達が苛立った顔で怒鳴るように口々に尋ねて来た。
私はこう答えるしかなかった。
「ねぇ、今誰か何かを喋った?」
「あんた以外みんな良い子に大人しく寝てたよ、死骸のようにな」
「じゃあ、何か聞こえなかった? なんであんなことを言ったのかわからないのだけれど、何か聞こえた気がしたのよ」
私と年が近いあの女が苛立ちを隠せない顔でこう言って来た。
「ねぇ、あなたもしかして元人間の奴隷?」
彼女が爪を立てて掴んでいる私の二の腕が痛い。ぞっとした。
私は静かに謝ってすぐに眠ったふりをした。元々人間であったことは言わなかった。




