8-5,奴隷は愚かで強欲で
新しい日常はあっさりと始まった。食事が貰えるかどうかは人間様が思い出しなおかつ機嫌がいい時に限った。私はかつて男の背中に添えていた爪を真っ黒にしながら周りの奴隷たちを真似てその赤黒い土を食べて飢え死にするまでの時間を稼いだ。枯渇しきった身体から生える舌は土に含まれている確かな栄養を感じ取った。味も舌触りも最悪だったが、ロンド様やカリン様と共に頬張ってしまったあの甘ったるい罪悪感を上から塗りつぶしてくれることは嬉しかった。
奴隷の死骸はどれも骸骨のように痩せ細り肌には大量の虫が這っていた。その虫を舐めるように食べる労働者もいた。頭の骨が丸見えになっている男も四肢が溶かされたかのようにない女も居て、私は自分が生きてきたゴミ箱が小さかったことを汗水流しながら知った。
いくら不健康な死骸ばかりが揃っているからと言ってそれは決して軽くはなかった。私の腕や脚もその死体と同じくらい細い。私は掘られた巨大な穴に骨を削られるような思いで息をしない奴隷を落としていた。この作業を始めた最初の頃は知った顔の奴隷が、例えばエリが、遺体となっているのではないかと探したが一週間もすればやめてしまった。喉が渇きと飢餓感に意識をとられてしまったし、たまに喉や胃が潤っても休むことを知らない筋肉や臓器達が金切り声をあげて助けを求めているものだから、死んだ者や過去の関係者のことを考える余裕など完全になくなってしまったのだ。
「奴隷の死体もさ、他の生き物と同じように死んだら朽ちて土に還るでしょう? ぼろぼろの奴隷でも良い土になれるんだって。埋められて数年もたったらぐるぐるかき混ぜられて不純物を取り除いたのちに売られるんだってさ。朽ち果てて土の養分となって初めて奴隷は不純物じゃなくなるの」
ここに来て体感で1カ月ほどがたったがその話が本当かどうか、私にはまだわからない。それを教えてくれたのは私よりも3つか4つは年上に見える若い女の子だ。彼女は歳が近い私をそれなりに歓迎し、飲んだり多少顔を拭ったりすることの出来る雨水のたまったバケツの場所や効率の良い死骸の持ち方を教えてくれた。あったばかりの頃は布の切れ端で背中に垂れる髪を一つにくくっていたが、今は肩につかないほど短くなっている。ナイフが腹部に刺さったままの奴隷から引き抜き、回収されてしまう前に自らの髪を切ったそうだ。「まあ、髪を切れるくらいのものはよく死体に混ざってるのよ」と彼女は言う。
「それで人間を襲おうとする人とか出てこないの?」
私が聞くと彼女はフケを散らしながら笑ってくれた。
「そのための奴隷の処刑ショーなんだと思うよ? 多分だけどね。転んだだけで両足折れちゃいそうな体で人間一人殺したところで良いことなんて何にもないとは思うけどね。まぁ、狂った奴隷は怖いけど。それでも人間達だってこの仕事にやる気も情熱も何もないんだよ。ねえ、知ってる? もともと人間だった奴隷って必ず狂うんだって。愛情なんて知るものじゃないね」
私も笑った。久しぶりに口角を上げたものだったから乾いた口の端っこが裂けて痛かった。
私がここに来た初日に彼女が言っていたように所長の息子は学校帰りに時折見かけた。7歳くらいだろうか。勿論作業場へのフェンスは超えないけれど。所長は彼を大層可愛がって居るようで笑窪を作って彼に話しかけ、彼の話を聞くときは決まって彼と目線が同じになるようにしゃがんだ。




