8-3,奴隷は愚かで強欲で
「搬送されてから丸々一日眠ってようやく意識が戻ったんだから、出て行ってもらうよ」
どうやら傷口が塞がるまでと言う贅沢は出来ないらしい。彼の態度は金を積んで貰ったから仕方がなく看ていることがわかりやすく表れている。彼は当然のことながら私を患者とは思っていない。確かに焼却寸前の生ごみを清潔なベッドに置かせてほしいといわれれば誰だって不快な思いをするだろう。生臭い魚の匂いがシーツにつくし、ほんの少しでもベッドの上で体を動かせば卵の殻は粉々になるし、不気味な色をした魚の骨だらけの残飯スープはベッド全体に滲み渡る。
私は人通りの少ない早朝3時に出て行くことになった。病院側が勝手に追い出してくれるのであれば野垂れ死にを選ぶことが出来るという贅沢なのだが、どうやら迎えが来てしまうらしい。
そしてそれはロンド様でもなければカリン様でもない。善良な彼らは今頃私を信頼のおける医者に預けたことにすっかり安心し、カラと名前を戻したサキカと共に蜂蜜を垂らした紅茶でも飲んでいることだろう。いや、もうすでに家族と再会しているかもしれない。元人間が元奴隷となっても、私はサキカにまるで奴隷のような人間でいてほしいと思っている。泣いても笑っても他者からは「まるで奴隷のようだ」と思われ、自身は「まるで人間のようだ」と思っていてほしい。幸せにならないで、輝かないで、毎日毎日排泄物を流し続ける便器のような笑顔でいてほしいと。
私は迎えが来てしまう朝の3時を震えて待った。おそらく迎えに来るのはオーナーかマスターだろう。私はすぐさま打ち殺すよりも非道なやりかたで殺されるかもしれないし、性商売小屋を追い出され薬物実験や工場労働者に回されるかもしれない。どちらにしろ交流が続くであろう紳士には「問題を起こしたことには変わりがないため職場を移ってもらった」と説明がされるのだろう。豚小屋での生活よりも空腹と苦痛が待って居ることだけは確かだった。冷や汗が垂れた。薬が抜けてきたのか、背中が痛みだした。
馬車も走らず鳥も鳴かない早朝3時、迎えは来た。マスターでもオーナーでもない、見たことのない男だ。マスターよりも若く見えるというのに顔には皺の多い男だった。顔にはほくろが多い。そして上の前歯が一本抜けたままになっているため非常に下品に見えた。彼は私を見るなり「こんな贅沢を覚えた怠け者の奴隷がちゃんと働けるかねえ」と言う。医者は「連れていってもらえないと困りますよ。これで運悪く感染病でも流行ったらこちらも隠ぺいに苦労する」と返した。どうやらこの男は私の次の職場の人間様であるようだ。
私は病院を去った。この病院に居たことは誰にも言うなと何度も医者に口止めをされた。奥から「奴隷の使ってたシーツは流石に捨てるでしょ?」と声が聞こえる。
私はこの町を去った。サキカは当然のこととして、エンドにも会うことが出来ないままだった。私は生きているかもしれないがおそらくは死んでいる奴隷として彼女たちにも認識されるのだろう。私もまさかエンドより早く死ぬとは思っていなかったし、サヤは私よりも先に死んでほしいと思っていた。
エンド、私が居なくなることをあなたはどう思ってくれるのだろう。その親が見放し壊れた鳥の巣のような心臓が、少しでも私のために揺れてくれるだろうか。トルパあたりに私の話題を出してくれるだろうか。不器用に、泣いてくれるだろうか。




