8-1,奴隷は愚かで強欲で
そう、このベッドは父様のお友達が買ってくれたものだった。「こんな立派なベッド、ルイには早いよ」と父様は言ったけれど、「すぐ大きくなっちまうさ。あっという間で淋しいもんだよ」と言ってくれたのを覚えている。私はその大人用のベッドを誇らしく思ったが、夜になるとすぐに淋しくなって母に一緒に眠ってもらった。
「やっぱり1人部屋も自分用のベッドも早かったわね」
と笑う母に「子どもの成長は早いから、子ども部屋で一緒に眠れる時間が今に恋しくなるよ」と父が言う。
ベッドは城であり秘密基地だった。私はお気に入りの絵本も誕生日に先生から貰った楽譜も机ではなくベッドに置いていた。充分すぎるスペースを独占し、頬杖を付いて自分の好きなことを好きなだけする時間は、花畑でそれをすることよりも何倍も贅沢であるように感じていた。
今日は、何をする予定だっただろうか。いや、予定が少ないという糖分を摂取する日だっただろうか。予約が少ない日は少しでも体を休めて命を明日へつなげないと。でも、予約ってなんの予約だっただろうか。
ベッドの上で目を覚ましてから数分がたったところで私は視界がおかしいことに気が付いた。ぼやけていて全てのものの輪郭がはっきりしない。汚れた海に飛び込んで目を開けたら、世界はこう見えるのかもしれない。いや、私は海を知らないけれど。何もわからないけれど心に何の刺激も与えてこないこの世界は居心地が良い気がした。でも、あまりのんびりしすぎてしまったらいくら収穫祭の後日だろうと母が心配してしまう。巫女様が干した種を配って歩くのは収穫祭だっただろうか。それとも太陽の祭りだっただろうか。
「おや目が覚めたね」
視覚と同じくらいぼんやりしている聴覚がそれを頑張って聞き取った。その後、その声の主は何度か私に質問をしたのだが、聞き取れたのは5回目か6回目だった。
「名前を言えるかい?」
私は渇ききった喉のまるで瘡蓋のような蓋を剥がすように発声し、答えた。
「ルイナスです」
そう答えたすぐ後、呼吸も瞬きもする間もなく、私はそれを訂正した。煤だらけの窓を雨が綺麗にしていくように、幻想と嘘で埋め尽くされた涙が頭の靄を流してしまった。
「カラです」
奴隷です。




