7-3,Good luck to stupid slave!!
ベロニカを乗せて暗くなり始めた道を走りだしてからほんの10数分で、馬車は突然停止した。
「奥様申し訳ございません。突然人が飛び出してきたもので」
御者は彼女の無事を確認すると一度離席し飛び出してきたという人間の元に駆け寄った。それは前髪が長く随分とほっそりとした男性だった。しかし上質な服を着ておりゆらりと揺れるピアスは街灯の光をグリーンに反射した。
心優しい御者はベロニカに許しを得ると、痩せ細った彼を馬車に乗せた。ベロニカは彼の土で汚れた顔をハンカチで拭いてやった。
「体が冷たいわね。これを羽織ってちょうだい。あの、すみませんが彼を先に送り届けてくださいますか? 私は急ぎませんので。あなたのお家はどこに?」
男性は何も答えず、ベロニカの顔をじっとみつめていた。彼は30歳程に見えたが夜道の馬車の中は暗くはっきりとその顔や様子を見ることはかなわなかった。
「困ったわ。教えてちょうだいな。このままでは風邪をひいてしまう」
御者席の男も馬車を進めることが出来ず困ってこう言った。
「奥様、一度屋敷に戻ることをお許しくださいますか?」
「ええ、まだお屋敷からはそんなに離れていませんし。毛布と温かい飲み物を用意してもらいましょう。明日の朝にでも彼をお家に」
馬車を引く馬はゆっくりと走りだした。その時丁度天気が悪くなり雨が降り始め雷が鳴った。馬車は窓が大きく空いている形のものであり雨粒が中に入ってきたためカーテンを閉める。車内は更に暗くなった。
暗闇に安心したかのように男はようやく口を開いた。思わず身を固くしてしまうほどにその声は低くしかし鋭利だった。分厚く重い扉を渾身の力でノックしているかのような。
「フォーサイスの屋敷へ、ですか?」
フォーサイス、それはロンド様やカリン様の姓だ。長い歴史と由緒正しき家柄であるフォーサイス家、ベロニカはつい先程までその家の奥様と談笑していたのだ。
「えぇ。良くわかったわね。すぐにつくわ。でもあなたのご家族がきっと心配されているでしょうね」
雷が、近くに落ちた。風が強くなり馬車の屋根を雨粒が勢いよく叩く。馬が水溜まりを蹴る音が馬車の中まで聞こえて来た。
男は、駒を進めた。
「お前は俺が誰だかもわからないんだな。俺はずっと前から屋敷の前をわざと通ってお前が出てきてはくれないか、窓から顔でも出してくれないかって願ってたのに、お前は俺のことなんてこれっぽっちも覚えていないで他人の顔して俺の顔を拭くんだな。家族がきっと心配している? お前は俺を心配してくれたことは無かったのかよ。与えられた全ての優しさが偽善だと知った時ほど失望することってないんだな」
男の指は細いが大きな手が、ベロニカの、カラの母親の、サキカの母親の首にかかった。
あっという間のことだった。




