1-5,歔欷の預言者との約束
「預言者って未来を教えてくれるってことじゃないの? あなたが話したのは全部過去の話よ」
私の問いに彼は少し考えて答えた。
「いいや、未来を予言したからこそ過去を知っているんだよ」
彼は自らの指先で作ったシーツの皺を直した。この人は魔法使いなのだろうか。彼の祈りを神様が受け入れ叶えたのだろうか。人間の思考と物理を超えたことが出来るのは魔法使いしかいない。私が誰にも言っていないことを知っているのだから私は見ず知らずのこの怪しげな男の話を、私に害をもたらすか益をくれるかもわからないこの男を、信じる他ないのだ。
「溢れかえるほど流通している奴隷の1人である私の未来を予言してわざわざ伝えに来るメリットがないように思われますが。この部屋に来るまでに出費もかかっているでしょう?」
私はオーナーの所有している女奴隷の中ではもっとも高い料金を必要とする奴隷で、二番手の倍もの金額を払ってこの部屋を訪れる。虚しくも私はそれにかすかな喜びと優越感を得ることになり、悲しいことに魔法使いになりたかった私の将来の夢は高級娼婦となった。おそらくキラキラして無邪気に笑えていた私はどこかへ行ってしまったのだ。
「俺が命を懸けてでも救いたい人がいるんだ。その人は俺が予知した未来でにっこり笑いながら無残に死んだんだ。お前と一緒に」
彼の腿に涙が落ちた。絶望が優しく後ろから抱きしめているような彼が、私の隣にはいた。私は小さい頃友達と小銭を握りしめて走って行った紙芝居屋さんを思い出していた。預言者の口ぶりからすると私も無残に死を迎えるといわれているのだ。しかし他人の話を聞いているような気がしていた。自分が主人公である空想をしたことがない人は少ないだろう。空想をして遊んでいる気分だった。
奴隷にとって死なんて身近なのだ。明日惨い殺され方をしようと不自然はない。なのに私はこの話しを受け止めたくない様だった。聞き流して無かったことにしたいようだった。
私が誤魔化すようにけらけらと笑うと、彼は私の両肩を掴んだ。彼が私に触れたのは2度目だ。両目から涙があるれており震えながら呼吸をしていた。真っ黒な瞳が私の瞳に一度ぶつかるとそこからまったく揺れることなく見つめられる。
「お前は死ぬんだよ。ありがとうって微笑んで、大事に伸ばした黒い髪を自分の血で染めて。あいつと手を繋いで、そのまま死ぬんだよ」
ぽろり。まるで血液が流れるかのように涙が眼球から落っこちてきた。私が演技以外で泣いたのはいつ振りだろうか。彼のすすり泣きにつられたのかもしれない。自分の泣いている様子があまりにも不自然で、自分で泣いていて自分が不気味だった。
でも長い前髪から流れる彼の涙は、とても美しかった。