7-2,Good luck to stupid slave!!
数日後、ベロニカは迎えに来た馬車に乗り、憎たらしい偽物のカラが訪れたあの屋敷に到着した。自身が持っている中で一番綺麗な服装をしメイクにも時間をかけ髪もまとめてきた。
悲劇は、まだ起こらない。
ロンド様の母親は貴賓室に彼女を招き入れ、メイドが紅茶を淹れ終わったことを確認すると人払いをした。ベロニカは既に安心していた。目の前に居る女性はこの世の不幸を何一つも見たことがないといったような穏やかで神聖な顔で微笑んでいたからだ。
レモンのクリームがかかったスコーンを一口食べて、薔薇色の唇を動かしながら貴婦人は言った。
「私達母親で、若い恋人たちに贈り物をしませんか?」
さくらんぼのゼリーを口にして、寒そうな指先を口にあてて、中年女性は喜びの顔を見せ、そして心配そうに俯いた。
「なんて素敵な提案なんでしょう。けれど奥様、私共の家は決して裕福ではありません。本来ならばこのお屋敷に足を踏み入れることも出来ないような、普通の家庭でございます。そんな私に出来る贈り物など限られております」
貴婦人はカップをソーサーに置き、真っ直ぐに彼女を見つめた。
「いいえ、長い準備期間も高額な費用も、込めた愛情に比べたら価値が劣るものです。それに、どうか私のお願いを聞いてくださいな。私はあなたと良い関係を築きたいのです。息子のロンドがあなたの旦那様を慕っているように」
ベロニカはいとも簡単に心を掴まれた。ロンド様の母親もそれは本心からの言葉だそうで何一つの計算も嘘も、そこにはなかった。
二人は同時に笑いあい、何を贈ろうかと話し合った。
悲劇は、まだ起こらない。
「私自慢の薔薇園がもうすぐ見頃を迎えるの。そこを上手く使えないかしら」
「薔薇園なんて素敵ですわ。ロマンチックで素敵なアイディアだと思います」
「あなたはお料理をしたことはありますの?」
「ええ。恥ずかしながらパティシエもコックも我が家にはおりませんので」
「あら、じゃあ一緒に作ってふるまいましょうよ。私はレディの嗜みとして若い頃に随分と教わったけれど、成人してから今までで1度もキッチンに立ったことはないの。あなたの得意な料理をぜひ一緒に作らせて。教えてちょうだい」
「勿論ですわ。けれど、奥様やカリン様のお口にあうかはわかりませんわ」
貴婦人はまるで少女のように無邪気に笑った。
「あら、さっきも言いましたわよ。大切なのは愛情だと。それから、お揃いの何かをプレゼントしたいわね。腕時計なんてどうかしら」
ロンド様の母親は話すことにすっかり夢中になり、日が暮れるまで2人は話し続けた。
ベロニカが「もう帰らないと」というとロンド様の母は泊まっていくことを勧めた。
「ご厚意はありがたいのですが、娘が、カラがまだ小さいですので心配なのです。息子も夫もちゃんと看てくれているとは思うのですが」
その言葉を聞いて貴婦人は「カラちゃんに寂しい思いをさせてしまう所だったわ」と慌てた。そして立ち上がり彼女の手をそっと持つと立ち上がるように促した。
すると、香りがベロニカの手首から流れて来たそうだ。
「この香りは何でしたっけ? 知っている香りだわ」
「ヘリオトロープですわ。流行に遅れた古い香りですが、私はこの香水が一番好きなのです」
ベロニカはロンド様の母親に直々に見送られ、馬車に乗った。
悲劇は、起こった。




