6-10,それは許されるはずもなく
「さて、サキカ。正直に答えてくれるね」
マスターは低い穏やかな声で彼女にそう言った。その笑顔は奴隷に普段向けていない物であるから慣れておらず、まさしくピエロのような表情だった。
私とは反対にサキカは勝利を確信していた。臆することなく顔を上げ口を開く彼女にロンド様の情熱もカリン様の慈愛もとられてしまうのだろう。
「私はあなたの恩に報いることはしませんわ、マスター。嘘はつきません。しかし私は当時まだ五歳の子どもでした。全てを記憶しているわけでもなければすべてを理解しているわけでもありません」
マスターは深くうなづいた。
「君を信用しよう」
オーナーもそれをまねっ子するようにうなづいた。そして紳士が身を乗り出した時、私は悲しくなりたまらず口の中を噛んだ。
「私はグリーンヒルの生まれです。カラと名を貰い母と父と歳の離れた兄の4人で暮らしていました。私はロンド様を覚えています。ロンド様の妹様であるカリン様は私の兄の恋人であり、私はロンド様にもカリン様にもよく可愛がっていただいていました。ここから先は良くわからないのですが、私の母はロンド様のお母様に呼び出しを受けたそうです。そして、母が帰ってくることはありませんでした。私が父に何を聞いても父は口を閉ざしたまま機嫌悪そうに首を横に振るだけでした。そして私は何も良くわからないというのに何の説明もされないまま、遠い地に住む伯父の家に預けられました。父は何度も、何度も、伯父に頭をさげ、私のことをよろしく頼むとお願いしていました。けれど私が伯父の元に居たのは1週間程度だったと思います。ある日目を覚ましたら体はぐるぐる巻きにロープで縛られ荷台に乗せられていました。伯父は私を引き渡し、お金を受け取っていました。最後に彼が私に言った言葉は金持ちの娯楽として幸せになれ、でした。父と母、そして兄がどうなったかはわかりません。私が知っているのはこれだけです。あぁ、忘れていましたわ。私の母の名前はベロニカです」
語り終わったサキカは酸欠で倒れてしまいそうだった。
オーナーとマスターの必死さのこもった視線がロンド様へと向いた。私も祈るように彼を見つめてしまった。「違う」と首を横に振ってほしかった。しかし彼の涙は無情にもその頬を流れ暗い藍色のネクタイに模様をつけた。
彼は初めて立ち上がるとサキカに、いや、真実のカラに駆け寄った。
鼻血を出しながら腫上がった顔の私の横でサキカ紳士をその綺麗な体の全てで受け止めている。私が咳き込むと床を汚す血液が増えた。彼女が咳き込むと紳士は「ごめんね」と抱きしめる力を緩め頭を撫でた。
紳士は呟いた。
「ベロニカさん、僕はあなたの娘を救えないところだった」
そう、わかっていた。彼が救いたいのはもとから私ではない。私に情けをかけていたあの頃は全て夢だったのだろう。彼は自分の脚元に転がる廃棄寸前の粗大ごみに気が付いてもいないようだ。もう少しで息をしなくなる奴隷はもともと生命をもっていない無機物と変わらない。
第6話 それは許されるはずもなく end




