6-8,それは許されるはずもなく
マスターの気配を感じた瞬間から私の涙は止まっていた。
彼は私の胸ぐらをつかんだ。薄っぺらい服が破れてしまいそうな音がしたし、裾は下腹部がみえる程まで持ちあがった。
「お前はあのロンド卿のさがしていたカラではない、そうか?」
私は何も答えなかった。
「お前はロンド卿が探していたのは自らではないと知っていながら騙していた、そうか?」
私は何も答えなかった。
「お前はカラの母親であるBの名を答えることが出来るか?」
私は何も答えることが出来なかった。
マスターの顔は私を頭から食そうとするライオンのようにとても近い位置にあった。怒りで震えている様だった。
「裏切りやがって。恩を忘れた屑奴隷が死んじまえ」
彼はそう言って私の頬を拳で殴った。そして腹を踏んだ。
馬鹿じゃねえの? 裏切るというのは人間が信頼に背くということだ。私は人間ではないし、お前が人間ではない奴隷に信頼を寄せていたはずないじゃないか。この屑男は自分に不利益をもたらした自分が所有する奴隷に暴力を使って言葉を使って、ありとあらゆる表現方法で私を傷つけたいだけだ。金を持っていようと中身など何もない低俗な人間様だ。
鼻血を垂らした私は首から引きずられるようにして部屋から運び出された。心臓が動いて呼吸をしていて体温があって、そんな私は今死骸よりも醜いのだろう。
「床を汚しやがって」
目的に向かう途中マスターがそう言って更に私の背骨を踏みにじった。確かに床は私から出る体液で道が出来ている。それでも私は泣かなかった。
私が鎖によって誘導され着いたのは、使われている所を今までで一度だって見たことがない会議室だった。豚小屋を3つ並べることが出来るくらいの広さがあるためそこそこ大きな部屋なのだろう。
私はその部屋に放り込まれた。顔から落ちて鼻血が更に吹き出た。盛大にむせ返り頭が痛かった。
顔を上げるとその部屋の上座にはあの紳士がいた。そう、ロンド様がいた。私に優し気な表情以外を決して見せてこなかった彼は皮を剥がれた動物のようになった私を見て戸惑っているようだった。冷や汗を垂らし、口を覆った大きな手から呼吸がもれる音が聞こえて来た。綺麗な瞳が部屋のあちこちを探っている。
何故だろう、彼とは一昨日会ったというのに彼のその気品に満ちた格好に、なつかしさを感じていた。久しぶりに会えたかのような、いやまるで長い年月会えなかった人と再会したような。
紳士はもともと用件を聞かされていたのだろう。動揺と不快感を顔でも体でも表現しているけれど、黒い革に覆われた1人用のソファから立ち上がることはなかった。
私は部屋の中央にゴミのように放られた。私は噛みつくされすっかり味がなくなったガムのように床にくっついた。ここがどうやら私の処刑場のようだ。
大して待つこともなく、サキカがオーナーに連れてこられた。引きずられてもいない。鼻血も出していない。綺麗な恰好だった。紳士との再会のためだろうか、髪まで手櫛で整えられていると思う。彼女は自らの足で歩き両膝を折って私の隣に座った。
これから裁判が始まろうとしている。勝ち目が一切ない、私の背中を守ってくれる者が誰もいない戦場だ。
先程までロンド様は私ばかりを見ていたというのに、サキカが入ってきてからはサキカを見つめたままその濡れた視線はそれなかった。口や目じりの力が抜けているようにすら見えた。




