6-7,それは許されるはずもなく
自分の近くに他者が居なくなって初めて、私の思考は自分自身に集中された。ここには蔑む視線も憐れむ視線もない。
私は自分が可哀想で泣いていた。私は自分があまりにも惨めで泣いていた。泣いて居る場合ではない。生存に繋がる一手を考えなければいけないのだ。強がって自分を壊して偽らなければ、やっていけないのが奴隷だ。自分の生にしがみつくことなんて、死を恐れることなんて、そんな感情は心臓の裏側の分厚い皮を捲った中に誰だって持っているはずだ。人間も動物も植物も生存し種を残し繁殖すること目的とした体の構造なのだ。奴隷の体も脳みそもそこだけは変わらない。
エリは鼓動の裏側のそのかさぶたに気が付かなかったというだけだ。私はもともとその存在を知っていたというだけだ。
マスターは現れない。私は床に腰をかけたまま、眠りにつくことすらできず泣いて過ごした。何故今まで私は死にたくならなかったか、わからなかった。処理場で他の奴隷達と一緒に無数の刃に切り刻まれて死ぬより、首を吊ってしまいたい。死ぬまで薬を投与され続けるより、一瞬で死んでしまいたい。
首輪に着けられた鎖は首吊りや首絞めには当然長さが足りていない。私は上の歯と下の歯で自分のべろを挟んでみた。柔らかいべろは生き物のように私の震える呼吸に合わせて動く。私の口角から唾液がとろりと垂れて涙と合流した。
出来なかった。父の顔を思い出すと、どうしても出来なかった。母の顔を思い出してべろを引っ込め顔を床につけて泣いた。「逃げろ」と叫んだ父が悲しまないはずがないのだ。血だらけの手で私の頬を撫でた母が悲しまないわけないのだ。二人が命を懸けて繋いでくれた命を、自らの手で絶つことは二人を裏切ることのように思えた。
両親のことは久しぶりに思い出した。乱れた私を天国の二人に見せるのはあまりにも悲惨だからだ。
「ねぇ、預言者。紳士と出会うことを予言しておきながら、なんでこんな大切なことを教えてくれなかったの? それとも予言を聞いて私が調子に乗ったから、あなたの予言した未来が変わってしまったの?」
私は眠ることが出来なかった。開店の数時間前、複数の足音が聞こえ、鍵はあけられた。ひどい形相をしたマスターが私を殺意のこもった目で見ていた。




