1-4,歔欷の預言者との約束
彼はすぐに私から手を離し、その手をシーツに落とした。
「辛い食べ物と脚の多い生き物が苦手。のんびりと1人で歌うことは好きだが、誰かと一緒にテンポの速い曲を歌うことは好きではない」
私が本気で怯えてしまったからだろうか。彼は無理やり話しをそらしているように見えた。
「あと、そうだなあ。小さい頃の夢は魔法使いになることだった」
恥ずかしかった。その通りだ。カハラを守る魔女様の1人が祭りで両親とはぐれた私に手を差し出してくれたことがあったのだ。老いた魔女様は自らの唇についた紅を指で軽く拭い、その指で私の小指の付け根をなぞったのだ。すると薔薇のように赤い足跡が石畳に浮かび上がり、それは汗を流して私を探す父と母の元まで続いていた。その血筋でないと魔法使いになれないと知らなかった私は、その夜、寝るまで魔女様に弟子入りすると語っていた。
まるで過去の私を一通り見て来たかのような彼はこう言った。
「魔女は魔法を使っているわけではない」
彼が口を閉ざしたのを見て、私が続きを言った。
「祈りを捧げているのです。そこに奇跡が起こったのならば神様が祈りを聞きいれてくださったという事なのです」
魔女様が私に教えてくれたことでした。
この人は客ではない。私はようやく確信することが出来た。私は自らが自らに対して作ったマニュアルを頭の中から消して、体ごと彼の方を向き、真剣に尋ねた。
「あなたは誰?」
「俺は預言者。お前に予言を与えに来たんだよ」
預言者だと名乗る彼はもう気の弱そうな雰囲気を消し去っていた。強いまなざしと真剣な表情が私に向かって刺さってきた。まるで実体のない幽霊が人間のふりをしているようで不気味だった。