6-1,それは許されるはずもなく
オーナーもマスターも店の前で紳士の到着を待っていた。
工場の煙突から出る黒い煙が雨によって地面に落ちたからか、それとも派手に飾り付けされた看板や見世物小屋の前で客引きをする妖艶な女性がまだ乾いていない水たまりに映ったりしているせいか、この町は普段よりも少しだけ、ほんの少しだけ、魅力があるように見えた。その中を私は行きよりも背筋を伸ばし前を向いて、あのワンピースを着たまま帰ってきた。
2人は恭しく紳士を出迎えた。着飾った私をまともに見もせず、「もうお前は下がれ」と命じた。私は首に鎖をつけられ受付の人間と共に豚小屋へと帰る。最後にもう一度紳士と目を合わせたかったのだが、紳士はマスターとさも楽しそうに会話をしながら店の奥へと入ってしまい、もう目は合わなかった。
紳士の元を離れ、私の脚は急激に重くなった。着飾った私を見てエンド達が何も思わないわけないのだ。
「せめて、これだけでも」
私は首から下がったラベンダー色のガラスを掴み力づくに引っ張った。チェーンはぶつりと切れた。私はそれをポケットへとしまう。
豚小屋から話し声が聞こえてくる。内容まではわからないけれどなつかしさすら感じるような楽し気な声だった。明るく高い声だった。楽しさも嬉しさも演技だけれど、自らがつく嘘は上手に使えば自らの脳みそさえ騙すことが出来る。私達奴隷は誰に学ばずともそれを知っている。
私の足音が聞こえたからだろうか。話し声から1人抜け2人抜け、やがて何も聞こえなくなった。
私は引っ張られるままに豚小屋へと帰還した。私は彼女たちに対して口を開けることすらできなかった。全員が私の服装を眺めていた。人間様の中でこの格好でいることはあんなに恥ずかしかったというのに、奴隷の中でこの格好をしていることは恥ずかしくはなかった。
恥ではなく淋しさがそこにはあった。俯くエンドの背中をトルパが優しく撫でている。目を泳がせるシェルはサヤと手を繋ぎ、サヤはサキカと見つめ合い互いに頷き合っている。サヤがエンドやトルパ達に「大丈夫だよ」と彼女にしては気弱そうに優しく言った。
この格好をした私はとうとう、奴隷達から恐れられ嫌悪される存在へと完全になってしまったのだ。
「私達は下層の人間しか知らなかったんだよ。違う、こんなんじゃない。そもそも私は」
叫びたかった。それこそ狂ってしまいたかった。自分が人間のような恰好をしていかに恥をかいたか話してやりたかった。しかし唯一奴隷だけで体を寄せ合わせることが出来る安全地帯だった豚小屋に危険物を発見した彼女達は、いままでより更に体を小さくして私を恐れているのだ。
男が私の鎖を固定しようとした。私はそれを謝りながら必死に止め、全ての服を脱ぎ、靴を脱ぎ、パンツだけの格好になった。女性らしさの欠片もない貧相な胸をと黒いあざとなった骨の浮き出る腹部を晒す。その状態のまま鎖を繋いでもらった。服を男は回収しなかったが、翌日には取り上げられているだろうからなるべく丁寧にたたんで邪魔にならないように自らの尻のすぐ近くに置いた。
自らの頭皮を思い切りひっかいた。つい数時間前まで涙が道を作っていた頬を夢中になってこすった。視線が集まっているのを感じた。でも、どう思われているかはわからなかった。
寒さに体を小さくしていると、雑巾のような毛布を誰かがかけてくれた。エンドだった。手首から香るヘリオトロープが毛布によって閉鎖された。




