5-8,1つ目の回避
美しく優しい人間恐怖症になってしまいそうだった。
醜く意地の悪い男性客が大好きになってしまいそうだった。
レディはカリンと名乗った。
「兄様ったらまだ名乗っていないのでしょう? 私がさきに名乗ってしまいましたわ」
そういってカリン様は微笑んだ。ぱっちりとした目が笑うとたれ目になる。指で口元を隠して笑っていていかにも品があるというのに、幼い子どもが笑っているような純粋さが感じられ、私にはその眩しさが現状のみすぼらしさと人間時代の自らを同時に貫くように突き刺さって痛かった。
林檎のタルトににキャラメル色のフィナンシェ、さくらんぼを包む赤いゼリーにジャムにかかったブランマンジェ。ゴールドで花びらが描かれた透明度の高いガラスは甘いお菓子たちで埋め尽くされている。懐かしいお菓子もあったがいくつかは名前もわからず教えてもらった。
「全部私が好きなものなの。カラちゃんにも好きになってもらえたらなって用意したの」
そう言った彼女は私にと用意されたデザートスプーンを自ら掴むとホワイトチョコレートのムースを掬い、私の口元に持ってきた。自分で自分の頬が赤くなるのを感じた。優雅なこの場で最中の距離をつい思い出してしまうほどに、彼女の顔が私の目の前にあった。
「遠慮しないでほしいの。ほら、あけて? お口」
こんなことを言われて応じないわけにはいかなかった。私は大慌てで口内全ての唾液を飲み込み息を止めて口を開けた。彼女の優美な微笑みと共に甘美な白が口の中へと入ってくる。
「あ、甘くて、美味しいです。すごく。とても」
気の利いたセリフが言えなかったというのに、お嬢様は喜んでくださった。
ちらりと紳士の方を見れば、彼と目がぴたりと合ってしまった。妹様を前にして自分が気持ちの悪い表情をして無礼を働いて居たらどうしようかと鼓動が急激に早くなった。しかし、やはり血のつながりを感じるカリン様によく似た顔の彼はやはりよく似たたれ目になる笑い方をこちらに向けただけだった。
「兄様ったらそんなに見つめられては監視されているようで嫌な気持ちにもなりますわ。女性を無言で見つめ続けるのは紳士のマナーとしてはいかがなものかと」
悪戯っぽく彼女は言った。名も知らぬ紳士は照れたように言った。
「いや、申し訳ない。カラちゃんが他の人と会話をしている所を初めて見るからつい気になってしまって。そんなつもりはないけれどつい」
はははと、彼は笑う。私も笑った。でもその私の笑顔が演技なのかそれとも本当に笑いたくて笑ったのか、私にはそれすらもわからなかった。脳みそのネジが、ボルトが、きつく閉まりすぎているか緩くすぎて外れてしまっているか、どちらかしかないのだ。
「笑ってくれた」
それでも、お嬢様がそう言って喜んでくれたのは、多分、本当に、多分だけれど、私は嬉しかったのだと思う。
「カラちゃん、今日泊まっていってはくれないの?」
私にではなく紳士にそう尋ねた。
「うん、時間が来たらまた僕が馬車で送りとどけるよ」
「残念だなぁ。女の子二人で、どちらかが寝付くまで一緒のベッドでお話し出来たら素敵なのになって。温かいミルクでも飲みながら。そうしたら、きっとカラちゃんだってこんなに体を固くして緊張しなくてもよくなるよ」




