5-5,1つ目の回避
お誘いを受けたあの日から3日程がたった。彼は行き先を告げはしなかったが、私は今日、あの予言の通り彼の屋敷へと招かれ、妹と接触するのだろう。
豚小屋という狭い牢獄でも、奴隷という卑しい身分であっても、居場所というものは欲しくなってしまうものなのだと私は初めて知った。話す相手も聞く相手もいたあの頃が恋しくてたまらない。紳士が私の時間を買いお金をかけてくれようと、私は帰る場所を自分で決めることは出来ないのだ。もうサヤ達は陰口すら言ってくれない。私がエンドの顔を見ればエンドは私以外の誰かの顔を見るのだ。
多分、多分、多分だけれど、私は今日外に出ることが恐いのだ。豚小屋や仕事場を離れることが恐ろしいのだ。私は人間であった時代の外の世界しか知らないのだ。もしかしたら豚をミンチにするための機械が私の目の前に現れて自らの足で飛び込めといわれるかもしれないし、深い海の底で深呼吸を強要されるかもしれない。
あの紳士に不信感がある、というのとは少し違う。自分の知らないことやものの全てがどうしようもなく怖かった。
ご都合主義にも程がある。「大丈夫だよ」なんてエンドが言ってくれるはずがないのだ。けれど私は今日の予定を話してもいないというのにエンドが声をかけてくれることを期待し、声をかけてくれない現実にうんざりしているのだ。そんな自分に自己嫌悪をすることは当然だった。
迎えの者が来た。重たい扉が開いた。鎖が外された。
シェルと目があった。シェルは私のことを怖がっているのかもしれない。顔をこわばらせ、視線を逸らす勇気がないのか固まってしまっている。
私達は豚小屋を出て仕事場に向かった。自分が工場で働く奴隷でないことが嬉しく思えた。一緒の空間で仕事をすることにきっと耐えられない。
私は今日も手にあの綺麗なワンピースを持って移動する。サヤが見ている前でそれをびりびりに破いて微笑んで見せたくなったし、「あなたの方が似合うよ」とトルパに着せてあげたくなった。そうしたら私はまたエンドの関心が得られるだろうか。嫌悪の視線すら向けてもらえない私は鎖でまとめられているというのに孤独に職場へと向かった。
今日は大切な日だ。私の未来に関わる日だ。だというのに雷は光り、風は新聞を吹き飛ばした。昨日まではなかった亀裂が石畳に入っている。隣のバーの看板はこんなに色褪せていただろうか。遠くからは子ども泣き声と男の怒鳴り声が聞こえ、犬が数回大きく吠えた。屋根の下に入る直前、手に持っていた白いワンピースに雨が滲みを作った。
オーナーが受付の中を落ち着きなく歩きまわっている。その奥ではマスターがコーヒーを飲んでいる様だった。




