4-7,嘘で甘美に煮込まれて
豚小屋に戻っても私は貴族が客として訪れたことを誰にも言わなかった。誰も信用するなと私が私に教えたのだから。
求めない。希望を持たない。信じない。奴隷に大切なこと3か条であると私は考える。精一杯の最低最悪を他者に想像しておけば、何が起ころうと裏切られたようには感じない。
ただエンドが私を見ていつも通りの不安そうな顔でこう聞いて来た。
「なんだかカラ、元気そうだね。元気そう? いや、余裕そう?」
微塵の微笑みも含まなずに首を傾げるエンドはやはり異様で異物に私の目にはうつる。
エンドのその話が聞こえたのだろう。気怠そうに自らの鎖についた汚れをおとしていた新入りが場に似合わない満面の笑みで尋ねて来た。
「楽なお客さんが多かったの?」
彼女はもともと全く異なるとても長い名前で奴隷をしていたようだが、この国で呼びやすい名前へと改名された。彼女は今シェルと名乗って、私達になじんでいる。そりゃそうだ。豚小屋に豚がなじまないなんてことはない。肥溜めが似合わない排泄物はないし、ゴミ箱が似合わないゴミはない。
「そうね。今日は2人も楽な人が来たから、まだまだ体力が残ってるの」
「いいないいな。私なんて今日、」
サヤが今日自分がどれだけひどい目にあったかを語ろうとしたが、急いで口を閉ざした。そして無理やり話しの方向を変えた。
「私なんて今日プレゼントされたばっかりのハンカチが風で飛んで行っちゃって、見つけるのに半日以上かかっちゃったよ」
サヤはケラケラと笑った。トルパも視線こそ上げないが微笑んでいる。肩の骨を伸ばしながらサキカが話を賢く繋げた。
「今日は風が強かったもんね。良く見つけられたねえ折角新しいハンカチだったのに汚れちゃったでしょう?」
シェルも含め、傍観者のトルパも含め、私達は幻想に浸った。井戸の中の蛙が無限に広がる大地を想像して居るようであまりに滑稽だが、私達はどんなに生命が尽きそうな程に力がない日でもこれを儀式のように毎日欠かさず行っている。夢を見ることがどれだけ間抜けなことかよく知っているのだが、夢を見ないでいると恐怖と憂鬱に負けるのだ。夢を見るからこそ、期待をせず希望を持たず諦めることができるのだ。
しかし、私は。しかし私は。
私は今日、完全に彼女達4人を見下していた。いつも以上に彼女達が間抜けで愚かに見えたのだ。奴隷に上も下も本来ないのだが
空想を語る彼女達は、まるで昔魔女様になることを夢見ていた自分の様だった。人間は魔女にはなれない。奴隷は人間にはなれない。
しかし人間であった時代を持つ私は、予言を受けそれが現実となった私は、彼女達とは違うと、同じにされたくないと、確かにそう思っていた。
自分は、カラは、愚かでもなければ間抜けでもなく滑稽でもないように思えて仕方がなかった。




