4-3,嘘で甘美に煮込まれて
「初めまして。カラと申します。お選びいただけまして光栄です」
新規の客には目をほんの少しだけ合わせては下を向きまた目を合わせて頑張ってほんの少し微笑み、また不安そうに下を向く。いくら特別な、また私の生死に今後かかわるであろう客人様であろうと、慣れた作法は変えないほうがよいだろう。
「座って。君の足はあまりにも繊細で、立っているだけでも折れてしまいそうだ。僕も、座るから」
ベッドに2人で一緒に腰掛けるなんて、預言者とのあの日を思い出す。
紳士は私の隣に座ると、きらきらと光る私には読めない国の文字が書かれた腕時計を外しシーツの上に置いた。そして革靴を脱ぎ黒い靴下をまとった足を床につけた。
こういう時、私は男のほうを見ない。「抵抗などしませんよ。怖いけれど」「脱がしていいですよ。怖いけれど」と言いたげに手を体から離しシーツをぎゅっと握るのだ。時々それは失敗して「自分でさっさと脱げよ」と怒鳴りつけられるのだが。
しかし、男はそれ以上は何も身からははがさなかった。そして「カラちゃん、君は僕を覚えてはいないよな」と言い出したのだ。
「僕は君をすごく覚えているんだ」
ありえない。こんな特殊な客を忘れるわけがない上に、私は客の番号や特徴や会話をすべてメモしている。さてどうするか、今後の運命を左右する相手に対して嘘をつくわけにはいかないため「知らない」と答えることに揺るぎはないが、どの言い方が一番好感度が高いだろうか。
「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。私、私、私」
大切に育てられた優しい坊ちゃんに見えたため、私はこの作戦を選んだ。息を荒くして視線を荒ぶらせ涙を浮かべて見せた。大げさに震え、体を自ら押さえつけるくらいがちょうどいい。
見たまんまだった。この男は優しい。
「いいんだよ。泣かないで。怖いことなんて何にもないから。君はすごく小さかったから僕を知らなくても当然なんだ」
すごく小さいとは何歳くらいの時だろう。今自分の年すらわからずマスターやオーナーの指示通りに年齢を伝えている。奴隷になったばかりの時、この性商売小屋に来る前にとった客だろうか。
「僕は、こんな怖いところに連れてこられる前の君を知っているんだよ。カラちゃん。ずっとずっと、何年も探していたんだ。小さな女の子の奴隷さんなんてたくさんいて、なかなか君を見つけられなかったんだ。でも、先日、元人間だった珍しい奴隷さんがいるという話を偶然聞いたんだ。その子の名前を尋ねると、カラと答えたんだ。神様が、魔女様が、聖霊様が、ようやく僕を許してくれたんだと思った。僕の贖罪の運命の道を示してくれたんだ。カラちゃん、僕はずっと君を探していたんだ」
紳士は私を抱きしめてくれた。背中を撫でてくれた。穢れも腐敗も空腹も知らなさそうな彼が汚れてしまいそうだった。暖かい体温が私の冷え切った体に移ってきた。
「大きくなったなあ。こんなに痩せちゃってかわいそうに。怖いこともたくさんあっただろう?」
なんて心地が良いのだろう。私が雷に震えていた日の父が頭をよぎった。怪我をして泣いていた時の母がよぎった。
紳士は力を入れないようにそっとそっと私を抱きしめてくれている。生物として大切にされるということの意味を私はほんの少し思い出していた。奴隷に染まり切った心臓がほんの少し熱を持った。
まあ、ね。私はカラじゃないんだけどね。
預言者が愛し大切にしたい人もこの紳士が探し続けた人も私ではないのだ。




