4-2,嘘で甘美に煮込まれて
ノックから、その人は違った。感覚を開けてゆっくりと、とん、とん、とん、と優しく扉がなったのだ。
「どうぞ」
そう返事をした私の声は震えていた。私の了承を得てから初めてカギに触れている音が聞こえてきたため、私は確信した。今からこの部屋に来るのは予言にあった奴隷との時間など買う必要もない、いくらでも女性を侍らせることのできる高貴な方だ。
私は今までに感じたことのない緊張に体の節々の古傷が痛むような気がした。
「失礼します」
緊張しているのだろうか。手慣れた紳士的なノックに対して、声は震えていて小さく自信がなさそうだ。それでも、解錠後に扉を開ける前に奴隷に一声かけるなど、変わり者のようにすら感じてしまう。
部屋に入ってきたのは私の確信と期待を微塵も裏切らない人物だった。歌を披露するために王室へと足を踏み入れた時を思い出すような、そして狭い部屋になど入ったことがないのではないかと思わせるような、優雅な風貌をした方だった。薄暗いこの部屋でもその革靴がピカピカに磨かれていることが分かった。仕立てたばかりのような堅そうなスーツを着ていて、装飾品は袖からほんの少し見える銀色の腕時計だけだ。艶のある黒い髪は短く整えられ、貴族の品位とは何かをたたきつけられているようだった。香水だろうか、石鹸だろうか。甘酸っぱい香りが狭い密室のなかで行き場なく漂う。
その男は20後半か30前半の年齢に見えた。心配そうな不安そうな顔をしているところはエンドにほんの少し似ているが、それでも私に対して赤子を愛でるような優美なほほえみを見せるところは彼女とは全く違っていた。




