4-1,嘘で甘美に煮込まれて
その日、その日は寒かった。空気がすっかりと汚れてしまったこの国にもはや季節はないのだが、それでも寒い日はある。こんな日は狭い密室で裸同然の薄着を着てうずくまっているより、裸になって固いベッドとざらつきのあるシーツを感じながらおっさんと抱き合っていた方が良い。もう穢れすぎてしまって自分が更に汚くなろうとそれに気が付けない。黒に黒を混ぜても黒だし、ほんの一滴白がぽちゃりと落とされても、やっぱり黒黒の真っ黒で、3秒もすれば白なんてどこにもない。穢れて当然の奴隷は脚の指先から頭のてっぺんまで汚いことが普通なのだ。
私は今日、ほんの少しだけ緊張していた。今日の2番目の客は新規の人間なのだ。預言者が話したのはこの人のことなのかもしれない。私はまだその人物の番ではないというのに、裾から伸びる細すぎる太腿を、魅力的に見える角度に調節した。
余談だけれど、1番目の客は不潔ではない上にキャラメル等をくれる上等な常連だ。随分昔に舌の使い方が下手だと首を絞められたがそれ以来は痛いことも苦しいこともされていない。
1番目の客はいつもどおり目の下に隈をつくり白のワイシャツを身につけ、時間ピッタリに鍵を開けた。以前より髪が短くなっているような気がしたが、彼に抱いていた都合の良い気に入りの客という思想はもう落ち葉のように渇いて分離が進んでいた。こんな人間様に贔屓にしてもらうより、高貴な人間様に気に居られた方がよっぽどいい。それこそ、娼婦になる道も夢見れるかもしれない。
「カラ、今日は少し様子が違うね。俺が初めてここに来たときみたいな君に戻っているようだよ」
丸めていた背筋が凍って痺れた。この客と出会ったのはまだ演じる余裕もない子どもの頃で、今の私はその当時の自分の様子を思い出すことすらできない。まだ人間に近かった奴隷の頃の私だ。
脳みそを回転させ、思考を巡らし、私は男の肌を甘噛みした。私の返事に男は満足したのか、何も言わずに笑われた。
帰りにはやはりキャラメルがもらえた。私はシャワールームでそれを捨て、念入りに念入りに、穢れを落とそうとした。