3-5,ゴミ箱で咲き誇る
この世界は残酷だと、そう歌ったのは今もなおその名が語り継がれる吟遊詩人だ。その歌に出てくる人間を食らう巨人だらけの世界は確かに残酷だ。しかし、私たち奴隷が生きる世界も、あまりにも、あまりにも、残酷だ。
この場所には不要だと人間様に判断されたのはエリだった。何が残酷かって、指名された彼女自身はこれから自分が処分されるかも、薬物実験に回されるかもわからないというのに、涙の一つも流せないところだ。演技で泣くことはできても、感情から涙が流れることはないのだ。今までの記憶から考えるとそれは生まれつきの奴隷特有のもので、私やサキカはおそらく呼吸を乱して泣き崩れていたと思う。
奴隷として生まれ奴隷として生きる奴隷は、死を目の前にしても泣くこともできないのだ。「こんなことのために生んだんじゃない」と狂ったように泣いてくれる親を彼女たちは想像すらすることができない。
私たち奴隷に荷物などない。豚小屋から出荷されるのに身支度など存在しないのだ。
エリは一度目をぎゅっとつぶった。そしてゆっくりと瞼を開ける。その一連の動きですら演技にしか見えない。
エリはにっこりと笑っていた。エンドの何倍も上手な笑顔だった。手をふわりふわりと揺らしながら軽い足取りで豚小屋を閉ざすドアへと歩いて行った。幸せそうに見えた。それは見ていてとても痛々しくて、自分か彼女のどちらかを絞め殺してしまいたかった。
「行きましょう」
いつもの高い声で彼女はそう言って、みすぼらしく惨めな私たちのほうは一度も振り返らずに、この豚小屋を去っていった。
重たいドアは閉まり、カギは無情にかけられる。
「きっと外でトムが馬車に乗って待っているのね。どこに行くのかしら。劇場とか美術館かしら」
そういったのはトルパだった。やっぱり彼女は会話に参加せずとも丁寧に話を聞いていたのだ。私達はバラバラに小さな声で同意の言葉を口にした。
エリの話題が出たのはこれが最後だった。彼女が目玉をえぐられていようと焼却されていようと、私達にそれをしる術はない。
今日も豚小屋は変わらず暗く、変わらず狭い。私達は変わらず腹を空かせ子宮を傷つける。からっぽの水筒を持って広大な砂漠を希望を持って歩けといわれているような生活だ。