15-7,脆い約束、脆い同盟
林檎は赤い物であると信じていた。まさか青林檎なんてものがあるなんて。包丁なんてものはないから、私はアルマの視線がこちらに向いていないことを何度も確認してその不思議な色をした小ぶりの林檎に直接歯を突き刺して食べた。つい数分前はまだ暖かい一斤の食パンを互いに食べたい分だけちぎって食べていた。アルマがもしも私に手を使わずに床で這って食事をしろと命令を下してくれる人物であれば私は内心「死骸のくせに」と蔑みながら奴隷という自覚を柔軟性のないこの脳みそに教育することが出来るのに。
困ったものだ。私は奴隷である自分を思考的に手放せずにいるというのに、アルマは私がへりくだることを何も言わずともよく思っていない。卑しい奴隷という立場を自他ともに認めながら内心他者を軽蔑するという私が最も望む、私が快感と安心を得られる構図には近づけそうにない。彼は彼で私のことを死骸よりも低い存在だと蔑んでくれればいいのに。
その食料は彼女が置いていってくれたものだった。アルマは彼女の不可思議な説明に対する当然の疑問を投げかけ私も控えめに小さな声で制止を求めたが、彼女は焼きたてのパンと青りんごの入った紙袋を床に少しだけ乱雑において出て行ってしまった。他者への干渉を最低限にしたいアルマは彼女を引き留めたりはしない。アルマは私を窓から見えない壁際に誘導すると食事をとろうと提案してきたのだ。
パンの残りを紙袋に戻し口を拭うと、食事中一切声を出さなかったアルマが話し始めた。
「俺は今日最初にキンファ家の周辺地区に行こうと思う。キンファ家の息子の行方がどうなっているのか、ちゃんと返されているのかを調べつつチャックの動向を探る」
アルマは「それから」と言いかけて「いや、何でもない」と首を横に振った。
「カラ、お前はこの家の留守番を頼む。お前が何度も言うようだが、お前が巻きこまれる必要はないんだ。お前は人の記憶に残らない方が良い」
「ですが、容疑が向けられているアルマ様にとっても危険であることには変わりがないのではありませんか? きっと警官はあなた様を探しているでしょう。そもそもキンファ家を警官が囲っているという話はあの彼女から聞いたはずです」
つい、言葉を詰まらせたり声を震わせることを忘れてしまった。ロンド様と出会って以来、調子が悪くなって筋肉のコントロールが狂うことが多い。
アルマは瞳だけを動かし窓の方を見た。
「リスクは理解している。だからこそお前に船のチケットを渡したんだ」
どちらに運命が傾けば正解なのだろうか。所持金や知識が有益なアルマと共に旅をすることと、自分だけを頼りに一人で遠くまで行くこと。
アルマはマントを被ると荷物を持ち、あのおぞましいスキットルのようなものが腰に固定されていることを確認すると私に何も告げずに隠れ家を出て行ってしまった。
あぁ、これがもしかしたらもしかしたら、最後に見た彼の姿になるのかもしれないなとおもった。あっさりと。さっぱりと。
第15話 脆い約束、脆い同盟 end