15-6,脆い約束、脆い同盟
クリーム色の生地に無数の小さな苺の刺繍がほどこされた可愛らしいカーテンだった。壁に沿う様にテーブルが2つあるが、片一方は水色のユニコーンや黄緑色のウサギで、もう片一方は色鉛筆や画用紙で埋まっている。部屋は決して綺麗とは言えず窓際にはジグソーパズルがまるで草原に咲く花のように散らばり、色とりどりの車のおもちゃはカーペットの上のあちらこちらで交通事故を起こし、木で出来たリスは桃色の屋根の家の中で頬を赤くして微笑んでいる。部屋の中心には乾いた血だまり。おそらく丸まった人間の痕跡。天井にまで飛び散ったそれは今でも垂れて落ちてきそうだ。この血液の量をぶちまけて生命が維持されることがあるのだろうか。
「冷静なんだな」
おぞましい赤の部屋を落ち着いて見すぎただろうか。けれど死体処理の労働をしていた私の心臓は鼻歌を歌っている。そしてそう指摘してきたアルマも驚いて居る様子こそあれど動揺もしておらず恐怖も感じていないようだ。
「ここの部屋だけ、家具が残ってるのですね」
「ああ」
アルマはこの部屋で起きたであろう惨劇にさほど興味がなさそうだった。所詮はただの隠れ家なのであって詮索をするつもりはないのだろう。部屋を出て扉を閉めるともう一つの部屋が子ども部屋の半分ほどしか広さがないけれど空っぽであることを確認し、彼女の元へと帰った。アルマは何も聞かない。彼女も何も言わなかった。
彼女はアルマにこの家の鍵を手渡した。
「せいぜい出港日まで無事に過ごすんだな。キンファ家は港の方面に進んで行けばすぐにわかるさ。個人が所有しているとは思えないような豪邸があるからな。今はグレイス嬢殺人事件のせいで警察が取り囲んでいるから余計に目立つだろうよ。元々嫌われたがっているようにしか見えない派手で下品な家だけどな」
「心当たりがある。チケットを購入した際に無数の獅子の像が見守る広い庭のある屋敷を見かけた。あとは、ポッカと言う少女の居場所を教えてくれ」
彼女は無言で窓のない暗い壁を見つめた。長い前髪に瞳が隠れ更に俯いているため睨んでいるように見える。アルマが無言で彼女を眺め言葉が出てくることを待ったため、私が口を開いた。
「隣の家、でしょうか」
彼女は心底私のことが嫌いなようで「お前喋れたのか」とでも言いたげに舌打ちが聞こえそうな顔をしながら肯定した。
「ポッカと言う少女は意識が不明であると聞いた。キンファ家の所為で重体だと。その子を連れていってほしいとはどういうことだ? ここは都会だ。きっと医療は最先端で設備も一流なんじゃないか? 船に乗せるのは危険がともなう」
「いいや、ポッカはこの街を離れれば目を覚ます。彼女の意識がないのはこの街にいるからだ。確かに大怪我を負った原因はキンファ家の禿げジジイにあるが意識が戻らない原因は他にある。誰にでも優しい子だ。どこの土地だって可愛がられて上手くやって行けるさ。お前たちの危険で不自由な旅に付き合わせることは望まないが、出来ることなら彼女を自由にしてやってほしい」