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君は奴隷でぼろぼろで  作者: なみだぼたる
第2幕 奴隷は嘘つき偽善者で
132/145

15-5,脆い約束、脆い同盟

 馬車に揺られている間、私は緊張感と不安を精一杯に表情や肩や指先に出すことを意識していた。筋肉を固くさせた眼球を激しく動かしては目をつぶり、アルマの指先をじっと見つめては窓の外を確認した。馬車の外で子どもが石を煉瓦の塀に向かって蹴る音に肩を狭め飲食店の煙突から漏れるニンニクの煙に指の関節をうねらせた。


 不安を隠しきれないという私の様子が演技であることは確かだ。しかし、私の心臓は腐った豚の胃袋のようで馬車が揺れるたびに腐敗臭のする汁を垂れ流し車輪のこすれる音でその空っぽの中身にくだらない思考を詰め込んだ。だって不安定で不確定な要素が多すぎる。だって生ごみ同然の奴隷が考えるなんて無駄。だって吐瀉物奴隷が自分の意志で人間様の運命を変えるなんておこがましい。奴隷奴隷は奴隷らしく肥溜めをプディングと思いこんで沈めばいいのだ。


 しかしそんな私とは対照的に意外にもアルマは普段と変わらない憂鬱そうな目で緊張することなくずっと窓のそとの景色を見ていた。身長の低い子どもの押す乳母車を首を捻って見つめ、鼻の頭を搔いて口を拭い、肩をほぐすかのように首を回している。そのうち欠伸でもしそうだった。彼はそんなにも彼女を信頼に足ると思っているのだとしたら、私が報告を怠ったせいだ。それとも、私と初対面であったあの時のように彼は交流する相手全てを信頼するのだろうか。


 御者台に座り馬を操る彼女は今どのような表情をしているのだろう。苛立ってたてがみを逆立て牙に唾液を光らせているだろうか。それとも悪戯心が波打つ子どものような顔をして笑っているのだろうか。


 馬車が傾ぎながら乱雑に止まり着いた彼女が昔暮らして居たという家は、都会の街並みに溶け込んだ一般的な洒落た家だった。クリーム色の壁に橙色の屋根、カラフルなタイルで出来た門から玄関へと続く短い道。雑草は多く生えており花壇には土だけが生きている。


 彼女がここで暮らしていたというイメージが全く出来なかった。そもそも彼女に家庭も家族も似合わないように見えた。どちらかといえば森に飲み込まれた廃村で1人生きている様子がよく似合う。


 家をじろじろと観察しすぎただろうか。既に鍵をあけた彼女に「早く入れよ」と冷たく促されてしまった。私は必死に謝って隠れ家となるその場所に脚を踏み入れた。


 何もない。カーテンのないむき出しの窓からは向かいのパン屋のベーグルの個数や客の表情まで丸見えだ。テーブルもなければ食器棚もなく、棚もなければ鏡もない。そこはただの空っぽの巣だった。あるのはたった今彼女が床に置いたランプだけ。まるで引越し後に次の居住者を探している売家のようだ。


 彼女は壁に寄り掛かったまま目を閉じていた。陰の所為だろうか、重たく見える前髪を揺らしながらずっと爪を噛んでいる。彼女の爪は手入れされたわけでもなく長く伸びっぱなしであったような気がした。


 私は別の部屋を見に行こうとするアルマの背中を追い廊下に出た。


 青い絵の具と桃色の絵の具の小さな手形が寄り添う様に二つ、ドアノブの近くについていた。子ども部屋だろうか。


 そこを開けると、床も、壁も、天井も、真っ赤な血。血液が汗を飛び散らせながら踊り狂ったような。部屋そのものが歯の並んだ口の中であるような。


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