15-4,脆い約束、脆い同盟
彼女は落ち合う時間と場所だけ告げるとまるで猫のように窓枠へと飛び乗った。チャックもその名を口にしたポッカと言う少女について尋ねた。しかし彼女は視線を足元へと移動させるだけで何も言わなかった。次にアルマは自ら名乗った後に彼女に名を聞いた。彼女は「お前の名前に興味はないし俺の名前に関心なんて持たれたくない」とアルマよりも更に低い声で言うだけだった。
そして彼女は一度だけ私と目を合わせまるで見せつけるかのように大きくため息を吐いた。
私は自分が奴隷であるという立場を理解し口を閉ざしたままでいた。口から出したい言葉を、疑問を、何度も何度も飲み込み胃の中で消化不良を起こしそうだ。人間様同士の会話に混ざるなど生ごみの自覚がないと思われたくはない。空気を汚染し寿命を縮める歩く有害物質になる覚悟をしたうえで会話に混ざらなくてはいけないが、その覚悟を決めることが有効である盤面とも思えなかった。
別れの挨拶も告げずに彼女は立ち去ろうとした。揺れる髪を見つめながらアルマは窓枠に近づいた。あと一歩で彼女に触れる位置。
アルマは普段の感情のこもっていない無機質な話し方とは違い、穏やかな優しい声で言った。
「同盟を組もう。口先だけの同盟を組もう。場所を提供してくれ。俺達はこの街に頼れる人はいないし住民に関しても土地に関しても情報がない。貴女には唯一の協力者でいてほしい。俺達は、いや、俺はそのポッカと言う少女を彼女の取り巻く環境と精神状況を見てお前が俺に依頼をする理由が見えたなら彼女を説得しよう。何の拘束も署名もないすかすかの同盟だ」
「同盟というより口約束だな、ただの。乗っかってやるよ。ガキ臭い同盟ごっこに」
そう言いつつも彼女は歯茎をむき出しにしながら唾を飛ばし嬉しそうに笑っている。そして彼女は今度こそ振り返りもせずに窓から飛び降り消えてしまった。
私はアルマに彼女に散々踏まれ蹴り飛ばされたことを話していない。奴隷を蹴らない人間様が偉いのであって、人間様は奴隷を蹴る権利も資格も持ち合わせているのだ。そして奴隷にとって、相手がその対象が奴隷であると気が付いているかどうかは関係がない。私は彼女が暴力を振るってきたという真実を伝えた方が彼にとって有益であると知りながらも伝えることが出来なかった。不思議だ。弱いからだろうか。私は未来に不利益が投げ込まれることよりも奴隷である自分を失うことが恐くてたまらない。人間様にとってではなく自らに取って理想的な奴隷像を失うことは何にも代えられない絶望だった。
アルマは私に「もう眠れ」とドアの方向に示した。私は「彼女信用するのですね」と小さな声で尋ね彼の頷きを確認すると「あなたの思う通りなさってくださいませ」と返した。