15-3,脆い約束、脆い同盟
アルマがキンファ家の少女を殺害し門番の元へ遺体発見の報告をし、宿に戻った私達の元へ窓からの来客があったのだ。それは幾度となく暴力を振るいながらも私をあの馬車から助け出し、私の指にキスをしたあの一人称が「俺」である美しい女性だった。
「よお」と不機嫌そうに手を上げ室内へと軽い足取りで入ってきた彼女にアルマは当然警戒し静かにナイフの柄を掴んだ。彼女は「おいおい俺はそいつの命の恩人だぜ?」と乾いたやはり低い声で言った。私は彼女から目を離さないままのアルマに昼間にあった出来事を説明した。それでもなおアルマは視線で威嚇をしたままだった。
「初対面じゃないことはわかった。けれどこの時間に窓から何のようだ?」
「令嬢殺人事件の犯人とその御供を助けてやろうとしてんのに随分な態度だな? 膝ついて頭下げながら話を聞いてくれてもいいんだぜ?」
アルマは決して感情的な人間ではない。彼の心臓には穏やかで無気力な妖精が住んでいる。挑発をうけてもなお、彼は瞳も眉も震えない。ただ無言で彼女に話の続きを促すだけだ。
その無感情な視線に大きな舌打ちが返された。部屋のランプの明かりが長い前髪に隠れた顔を明るく照らす。ちらりと見える彼女の瞳には苛立ちと不快感がむき出しになっている。開けたままの窓から入る煙を含んだ風が彼女の髪を燃え上がる炎のように揺らした。
「沈黙は時間の無駄だ。俺だってこの場に長時間お前らと過ごしたいわけでもない。ミルクにビスケット浸しながら夜会なんてまっぴらごめんだよ」
彼女は殺意がないことを証明するためか両掌を開いて腕を広げて見せた。アルマも初めてナイフから手を離し戦闘の意がないことを示す。
「街のセントラルパークからそう遠くない場所に俺と家族が住んでいた家がある。今はただの空き家だがそこをお前たちに貸してやってもいい。見張られた状態でこの宿で過ごすことは合理的とはいえないだろう?」
「申し訳ないがあなたが利益のない人助けをする人物には見えない。お前の要求は何だ? 殺人容疑のかかっている俺を助けて、代わりに何を求める?」
「殺人容疑じゃなくて殺人者だろう?」
アルマが目を見開き息を荒く吸い込んだことがよほどうれしかったのか、彼女は舌なめずりをして唾液を音をたてて吸った。
「俺の望みはそこの役立たずの容器の安全だ」
そう言って彼女は私を指さした。そして「ただ」と付け加える。
「もしもお前らが俺に恩を感じるのであれば、お前らが船でこの街を出るその時、ポッカと言う少女を一緒に連れていってほしい」