2-5,まるで友達のような奴隷
私はとろけたチーズとハムの乗ったパンも知っていれば、食べる前からハーブが香るパンも知っている。サキカも生まれた国は違えど暖かく柔らかいパンを知っているだろうと思う。
私達は口の中の唾液が全て吸い取られるかのようにぱさぱさした形の悪いパンを口の中に押し込む。美味しくないとか、食欲がないとか、そんな感性は失った。体を舐め回されて不安そうに笑える奴隷は動物よりゾンビに近い生き物だと私は思う。飲み込んでエネルギーに変えることが目的なのだ。味も舌触りも何も関係がない。食べることができれば、心臓は動くのだ。カビていようが湿っていようが糧は糧。工場の歯車だってオイルをさされて喜ぶわけじゃない
パンを完食し指を舐めると、私達は服を着替え髪を自らの指で整える。何度も言う。何度でも言う。私達は娼婦ではない。奴隷だ。娼婦に憧れる奴隷だ。一切れのパンに生命を感じる定めを押し付けられた奴隷だ。腕を通すのも洗濯されたごわごわの白いワンピース。整えてもぼさぼさで白髪の混ざった髪の毛。肉付きが良いはずのない体に潤いも若さも感じられない肌。それでも私達との時間を買ってくださる愚かな客はいるのだ。娼婦より安い値段が理由か、年齢層の低さが理由か、何をしても咎められない無法地帯の王子になりたいのか。
エンドが小さな声でいつもの不安そうな表情で話しかけて来た。
「カラ、私の髪、変かな」
エンドは一カ月前くらいだろうか、客の1人に髪を切られてしまったのだ。酒に酔ったその男はげらげらと笑っていたそうだ。笑うことが出来ないエンドは悲しく淋しく首を傾げるしかなかったそうだ。
エンドの髪は一部分だけ非常に短い。周りの髪より10センチは短いかもしれない。
「うん、目立つなって思う。私はもう見慣れたけれど」
「だよね。髪のこと言ってこない人誰もいないんだ」
「一目見ただけで気が付いちゃうんだと思う」
「そっか。部屋入ってきた人みんなまず髪の話しをするんだ。自分で切ってみたの? なんて聞いてくる人、幸せなんだろうなって」
人間だった頃、母に言われたことがある。「幸か不幸かなんて他人が決めちゃ絶対にだめだ」って。でもそれは最低限の暮らしが確保できている人が言うセリフなのだろう。私は今、清潔にも栄養にも困っていない人は幸せ者にしか見えない。
「笑われた時にカラみたいに笑顔で返したいんだけどね、本当は」
そのままのあなたでいて。
言えなかった。言いたかった。