15-2,脆い約束、脆い同盟
「自分の分のチケットは自分で持っているように、ということではなさそうですわね」
「もし出港時、俺に自由がない状況だったらお前は一人でクレアモリアへ向かえ。クレアモリアは遠い大陸だ。限られた少ない自由な時間を好きなように過ごせばいい」
私は首を横に振った。彼の視線は冷たい。
「アルマ様、もし彼女の言う同盟が確かなものであると確信したならば、彼女の家から一歩も出ずに出港日を迎えましょう」
私は小さな声で「あなたは確かに彼女を殺してしまいましたが、チャック様に騙されていたのですから仕方がなかったことです」と付け加えた。
アルマは低い声で何かを言ったがあまりにも小さな声でその言葉は彼の重たい足音に隠れてしまった。控えめに聞き返しても何でもないと首を横に振られてしまう。
彼は自らの命を繋ぐために今日まで多くの人間を殺めてきたことに間違いはない。けれど今回の殺人にここまでこだわるのはチャックの言う通り最愛の亡き妹と年の近い少女を手にかけたからだろうか。それとも私には知り得ない理由があるのだろうか。身を潜め殺人の件に関わりを持たずに出港日を迎えることが最善の手であるというのに彼は自らリスクのある方へと駒を進めようとしている。
「早くチケットをしまえ」
脅すかのような口調をしてくれたことは助かった。あっさりとそれを受け入れてしまっては従順な理想的な奴隷とは異なる姿に彼の目に映ってしまう。私は肩を跳ねさせてから震える指でチケットをしまった。
まん丸のclosedの札がドアノブにかかった小さな小さなカフェを通りかかる。ガラスのすぐ向こうでは目尻に皺を作った老人が真っ白なテーブルを水ぶきしている。その隣は女物の靴や鞄など革商品が多く置いてあるピンク色の壁をした店。まだ早朝だというのにドアの前に若い男が立って「靴磨きますよ」と声をかけてくる。私の靴は買ってもらったばかりだがアルマの革靴が多少靴で汚れていたからだろう。アルマは彼の方を見向きもしない。
真っ白な猫が猫としてふさわしい声で1つ鳴いて私達の脚元を通り抜けていった。
昨日の夜、あの殺人現場で彼は私を監視することが使命であると言った。そして、離れても私からアルマを求め必ず巡り合う強い鎖で縛られた運命であるとも言っていた。おそらく私がクレアモリアへ1人で旅立とうが使命を全うできるという確信があるのだろう。わからない。彼が知っている私は、私が知らない私だ。私は預言者を通して私の未来をわずかに知っている。けれどアルマは私の運命を知っているというのだ。
「時間ぴったりだな」
そう、声が聞こえて来た。威嚇をするかのような声。
街の中心部、自身の体よりも一回り大きな翼を背中から2つ生やした馬が天空から降りたつ様子の巨大なモニュメントのある広場。大きなブラシを肩で支える煙突掃除を終えたばかりの若者と毛の長い犬の散歩をする派手な帽子をかぶった老嬢が歩く朝の大きな道。
真っ黒な馬が繋がれた馬車の前にはあの私を人さらいから助けてくれた暴力的で美しい女性が立っている。