15-1,脆い約束、脆い同盟
「船が出るまでうちに泊まっていってほしかったんだけど残念だね。ベッドの寝心地でも窓の方向でも気に入らなかった点があったら何でも言ってちょうだい」
宿の女主人は不機嫌と不満を隠そうともせずにアルマから金を受け取るとそう言った。私は気の利いた言葉がアルマの口からでてくることを待ったが、もともと口数の少ない彼は「お世話になりました」とだけしか言わない。仕方がないので私が「友人の家へ用事があるだけです。ベッドはふかふかで窓はぴかぴかでとても過ごしやすかったです」と答えた。女主人は納得いかないかのように「気をつけていってらっしゃい」と私達を追い出した。
私達は分厚い雲のかかった早朝の街を歩き始める。おそらく私達の背中は警官に見張られている。
私とアルマは待ち合わせ場所を目指し街の中心部に向かって歩いていた。そこには私達のことを待つ馬車があるはずだ。
「アルマ様、信用してよいと思いますか? 私は未だに不安で」
「他に頼る対象がいない。行き先もなく歩いてキンファ家に関する情報収集をしつつチャックの居場所を探すより、味方と拠点を得て行動した方が得られる益も多いだろう。それにカラ、首輪が外れていて街中に溶け込む格好をしていてもお前は一応追われる身だ。俺に疑いがかかっている以上、お前の身を隠す場所は必須になる」
アルマは冷たい表情を一切変えることなく、歩調も変えずにそう話した。彼の意見に否定する箇所はなく、私は自らの感情を無視する他なかった。
「普通を装って歩くんだ。あまり下ばかり見ない方が良い。お前は知り会ったばかりの友人に会いに行くだけだ。そもそもお前は何もしていない。やったのは全て俺だ」
そうは言っても朝の6時、開いて居る店はほとんどなく通行人もほとんどいない。観光を楽しむ無知な少女を演じるには舞台装置が少なすぎる。早朝の街は都会の象徴である人混みもなければ流通を見せつける煌びやかな露店もなく夜中のような美しく輝く街灯もない。建物の中で住民や旅人は起きて砂糖の入ったコーヒーの一杯でも飲んでいるのかもしれないが、それを喰う大きな街そのものが眠っているのだ。
「なあ、カラ。この街に着いてすぐお前に金を渡したことがあったよな。まだ持っているか?」
「当然ですわ。何も使っていない状態で今もマントの内側にございます。それがどうか致しましたか?」
「その中に、これも入れておけ」
丁度角を曲がったタイミングで、監視の目から逃れている瞬間に彼が渡してきたのはクレアモリア行きの船のチケットだった。