14-4,馬鹿は騙されるのが役目なので
アルマの口から、ため息が落ちた。瞳に瞼が半分以上かぶさって表情を読み取ることはできない。ただ暴風に髪は揺れ、自らの顔にかかった湿った砂をぬぐうその姿は悲しんでいるようにも怒っているようにも見えた。
理想的な奴隷を捨てたら私に残るものはない。たとえ奴隷であっても、他者にとって理想的な奴隷の外面を持っていることこそ唯一の私という面影を残せる存在証明であるというのに。私は私さえも捨てる気か?
まるで外套が風で地面に叩きつけられたかのように地面に伏せると、額を地面に押し付けた。すぐさま静止の声がかかったがここですぐ顔を上げてはひれ伏していないのと同じことになってしまう。額から血が出るまでは顔を上げるわけにはいかない。彼の視覚に首輪のない奴隷という存在を縛り付けるのだ。
「アルマ様、申し訳ございません。立場を徹底してわきまえたいと思っていたのに、自ら関係性を乱すような真似をしてしまいました。私は愚かでまるで癖でもついているかのように自分の置かれている立場を階級を忘れるのです。まるで自分が人間である気がしてしまうのです。もしも、次に私が勘違いをしているとアルマ様が判断なさったら、その手で私を罰してくださいませ。微塵の容赦も躊躇も必要ございません」
「いいんだ」
アルマはその声は風にかき消されそうなほどに弱弱しかった。悲しみも優しさもその吐息には込められておらず、壊れかけのブリキの人形の首がきしむ音のように無機質だ。
「いいんだよ、カラ。俺が授かった使命はお前を監視することだ。お前を監視し送り届けること、それが俺と妹が救われる唯一無二の手段だ」
私は顔を上げた。血液が3本の道を作り額から首へと流れていく。
「ですがアルマ様、妹様が大事だというのにどうして私に自由を与え、裏切ってもいいなどという言葉を与えたのですか? 私は奴隷です。あなたにとって都合のよい理想的な奴隷でありたいのです」
今私の懐にはこの街についたばかりの時に彼が渡してきた金がある。もしも彼が考えを覆し私にとって不利な行動をとるようなら、金銭的にも能力的にも有能である人間様の彼との縁を切り、遠くの地へと逃げなくてはならない。
「カラ、運命なんだ。お前が俺から離れていこうと月日がたてばお前は必ず俺を求める。お前と俺は必ず再び巡り合う。決して変えることの出来ない強い鎖で縛られた運命なんだよ」
私は強い口調にならないように切なげに震える小さな声で言った。
「アルマ様、あなたは不思議な方。まるで未来を知っているかのよう」
私がそう言ったのは預言者の存在が頭の中で引っかかり前後に大きく揺れだしたからだ。
「俺だって、未来が知りたいさ。でも俺が知っているのは俺とお前を結ぶ運命がちぎれてしまった時、世界に甚大な被害を生むというだけだ」
体が熱くなったのは、体に電流が走り熱を生んだ気がしたからだ。奴隷ごときが世界に影響を与えるなど、ありえるのだろうか。
「さぁ行こう。俺たちは夜の海を見てみたくてここまで来たんだ」
そう話すアルマの横顔はまるで幽霊のようだった。