14-3,馬鹿は騙されるのが役目なので
状況の把握に戸惑い口を少し開けたまま動けないでいる私にチャックは近づいて来た。不安定な足場で石同士がぶつかり合う音が痛々しい。魂が抜けたかのように呆然とした顔つきで遺体を眺めていたアルマはチャックの行動に気が付き走りだすと、ゆったりとした足取りでこちらへ向かってくるチャックを抜かして私を背に隠すようにして彼に立ちはだかった。
「こいつは無関係だよな」
大きな青年が小さな幼児を威嚇するその様は間抜けだ。
まるでアルマの存在など見えないかのようにチャックは話しだした。
「残念だよ。カラ。もっと君には不思議な力でもあるのかと思っていたから、面白い物でも見れるんじゃないかなって期待してたんだけど。特別な何かがあるんじゃないかって。けど折角連れてきてみたのに、君は突っ立っているだけで一歩も動かず一言もしゃべらないただの役立たずの女の子だね。観察するだけ無駄だったよ。がっかりだな。ただの器なんだね、君は。それとも価値ある人間を器にするのはもったいないとのご判断なのかな」
私には彼が何を言っているのか微塵も理解が出来なかった。私は何を期待されていたというのだろう。そして私が何の器だというのだろう。
チャックはアルマに言った。
「まぁせいぜい彼女の見張りを頑張りなよ。希望の守り人君。神様もあのお方も君に裏切られたらお悲しみになるだろうね」
腕を上げアルマの腹部に拳を強くぶつけると、チャックは私達が来た道を戻るかのように走って去ってしまった。静かだった風が暴力的な破壊音を立てて崖にぶつかっていく。私たちはそんな中、かすかに聞こえる互いの呼吸音に耳をすませ目を合わせたり逸らしたりしていたが、先にアルマが置き去りになっている少女の遺体に向かって歩き出した。
全く動くことのない完全に機能を停止した四肢とそれとは対象的に風によって暴れ続ける髪や服。
「カラ、彼女の服を整えてやってくれないか。その、めくれないように。思うことはあるとあると思うけれど」
「わかりましたわ」
思うこと。アルマやチャックに対して思うことはいくつもあるが死骸に対して思うことはない。いったいどれだけの死体を担ぎ、穴へと放りこんだり、押し込んだりしただろう。私は彼女の体と地面の間にスカートの裾を挟んでいく。
「吸い取らないのですね」
「あぁ。でも朝日が昇って誰かに見つけてもらうまでここに居るのは寒いし痛いよな」
アルマは片膝をついて彼女の目を閉じさせた。そして遺体を見つめたままゆっくりとゆっくりと立ちあがる。
「アルマ様、まさか彼女の家族へとお伝えする気ですか?」
私は一刻も早くこの場を離れたかった。目撃者など、主犯であるチャックしかいない。今この逃走の旅において利用価値の高いアルマを失うことは正直痛手である。
アルマは深く頷いた。
「って言っても俺はこの子の家も名前も知らない。門番に伝えてくるさ」
私は自主をする気かと尋ねようとしたが、その前にアルマは首を横に振った。
「俺達は夜の海を見るためにここに来ただけだ。そして偶然死体を発見した。俺は殺していない。そう言うことにしなくては。罪悪感を全て燃やしきって、忘れて、そう言うことにしなくては」
「私を監視するという使命が果たせない、でしょうか?」
理想的な奴隷には程遠いことを、私は言ってしまった。