14-2,馬鹿は騙されるのが役目なので
「あのお方って誰なんだよ。俺はじゃあ何のためにこの子を殺したんだ? お前はなぜ彼女を俺に殺させた?」
チャックはまるでその質問を待っていたかのようだった。ワンフレーズ程鼻歌を歌いながら彼女の亡骸へと近づき、その頬をまだ柔らかくなっていない真新しい革靴で思いきり蹴った。
「こいつの親父のせいで僕は死に妹は未だに意識が戻らないほどの重体だ。それなのにあいつの娘であるこいつも」
そう言ってチャックは遺体を指差し、次に自らの胸に手を当てた。
「息子であるこいつも幸せそうに毎日を生きているなんておかしいだろ」
チャックは何か祈りを捧げるかのように俯いて目を閉じたかと思えば、耐えきれなくなったのか上を向いて声高らかに笑い出した。小さく脆そうな体が大きく強靭に見える。そして急に黙ると、彼は急に少しも動かなくなり静かに涙を流した。
まるで窓ガラスの結露が落ちていくかのように静かに「ポッカ、お兄ちゃんはやるぞ。死してなお、お前の敵を討つんだ」と呟いた。
崖を跳ね返りうねって音をたてる風が彼の感情を尊重したのだろうか。かすかに私の髪を揺らす程度の静かな物になっている。。
アルマは少女の遺体に近づくと頬についた泥を指で落としていく。そして思わず私が後ずさりしてしまいそうな程低い声で言った。
「この子は俺が殺した。俺はそれを否定しない。けど何故彼女の父親をターゲットにしない? お前や妹の苦しみはこの子の所為じゃなくその親父のせいだろ」
「あの日から俺の父親も母親も自分たちが死ぬよりつらい思いをしたんだよ。ボロボロの体を支え合って交互に床に伏してそれでも妹の医療費を稼ぐために命削って働いてるんだよ。知りもしないだろうなあのクソジジイは。だから俺が教えてやるんだよ」
話している途中彼は一度も私達の方を見なかった。遺体のある現場も見ていない。見ているのは彼が地獄への入り口と表現した温度を忘れたかのような真っ黒な海だった。拳は硬く握りしめられ彼が呼吸をするたびに体全身が大きく揺れる。
アルマがやっとの思いで深く息を吸い尋ねた。
「お前、その体はあの子の弟のものなんだろう? どうするつもりだ?」
「教えてあげない。でも一つだけ、別のことを教えてあげるよ」
彼は首だけでこちらを振り返った。
「霊聴石が一つだけ、この姉弟の家にあるよ」
暗闇の中であっても、アルマの体が震え顔つきが変わったことがわかった。
「霊聴石が?」
「折角教えてあげたんだから、次は僕が知りたいなぁ。君がこれからどうするのか。今朝の早朝、僕に見せてくれたようにそのヘンテコな入れ物を使ってその子の遺体を消すのか。それとも放置するのか。彼女のご両親に自らの殺人を告白するのか。それとも霊聴石のために黙っているのか。あれ? 答えられない? 君は弱いなあ」