14-1,馬鹿は騙されるのが役目なので
確かに私はチャックの本当の姿を知らない。けれど、彼はこんな雰囲気を持っていただろうか。世の中の現実というものがこびりついた大人のような表情をして彼は今大きな歩調と歯をむき出しにした笑顔で、ひれ伏したままのアルマに近づいている。
アルマは目を見開いてチャックを見つめると小さく細い彼の体に掴みかかった。チャックはというと変わらず笑っている。
口を開けたり閉じたりしながらも激しい呼吸と咳によって何も伝えられないでいるアルマに対してチャックは言った。
「辛かった? アルマ。死んだ妹と同じ年頃の女の子を殺めるのは」
アルマは大粒の涙を流し悲壮でひび割れになった声で答えた。
「早く妹を生き返らせてくれ。シンパに会わせてくれ。あいつの魂を、彼女へ」
そう言ってアルマは自らが首を絞めたであろう少女を指差した。しかし彼の答えはこうだった。
「は?」
例えるなら初めて見る雨に怯える子ウサギを馬鹿にする醜い妖精。チャックは自分がいかに現在楽しい思いをしているかを観客に見せびらかすかの様にケラケラと肩を揺らして大口を開けて笑っている。唾が闇夜に飛び散った。
「死んだ人間が生き返るわけがない。僕には死者をよみがえらせる力も死骸に魂を定着させる力もないさ。人間の力を超えることが出来るのは神とあのお方だけさ。僕は神でもなければあのお方でもないし、神に祈りを捧げ願いを届ける魔法使いでもない」
「でもお前は死者でありながら生きている人間の体に乗り移っているじゃないか」
「のりうつっているだけさ。今借りているこの体だって長くは使っていられない。半日もしたら自動的に切り離されるさ」
「騙したな」
アルマはチャックの頬を強く殴った。子どもの体をした小さなチャックはいとも簡単に吹っ飛び後頭部を岩にぶつけた。チャックは素早く立ちあがると細い指で頬をペタペタと触り、頭の後ろにも何の躊躇もなく手を伸ばす。後頭部からは血が流れている。
「いいねっ。良かったよ、今のパンチ。痛みで吐き気をもよおしそうだよ。でももうちょっと強く頭を打ちたかったかな。君、結構甘いんだね。体格差がこんなにもあって尚且つこんなにごつごつした足場なんだから、君が本気で殴っていれば致命傷を与えられたはずだ。子ども相手だと勇気出ない? 怖くなっちゃう?」
「お前のものじゃねえだろ、その体は」
「うん。そうだね、正解。大当たりだよ」
チャックは気持ちよさそうに小さな体を闇夜に向かって両腕を上げて伸ばしている。そして再び自らの後頭部に触れるとその血液を見てにんまりと微笑んだ。
アルマは尋ねた。
「お前に人間の力を超えることが出来ないなら、何故お前は自由自在に他者に乗り移ることが出来た?」
チャックはまるで踊るかのように足取り軽くアルマに近づくと彼の頬に自らの血に塗れた指をこすりつけた。
「あのお方の力だよ。怨みと憎しみで成仏できず現世に留まった僕にあのお方が声をかけてくださったんだ」
そしてこう付け加えた。
「神様に僕の願いは届かなかった。でも、あのお方は違う」