13-7,謎ぐちゃり、君ぐちゃり。
海についたころにはすっかり夜になっていた。
海を見ていると世界がまだ創り途中であるかのように思えた。星の陰も月の陰も見えない真っ暗闇の中で見るそれは星にぽっかりと大穴が空いているように見え私達は今後どこにも行けないのではないかと錯覚させた。何百年もかけて星を構築しようとする轟が聞こえる。今生きている人間様の寿命があるうちにとても埋まりそうにない大穴、その表面でかすかに見える波が穴の中へといざなおうとしている。少しでも近づけば足を掴んで引きずり落とされ、私は空に向かって落ちていくのだ。
「怖い? 夜の海はまるで地獄への入り口だよね」
私と手を繋いだままのチャックがそう言った。
「私には底の無い穴に見えましたわ」
「そうだね。そういう風にも見えるかもしれない」
ただ、潮の香りだけは心地よかった。嗅覚だけは目の前に広がるものは大きな穴などではなく大海であると信じている。
チャックは私の手をひいて歩き出した。「もう少しでアルマお兄ちゃんの所だから」と。彼はどこか楽しそうだった。休日に母親と公園へ行く無邪気な子どものようだ。アイスクリームを買ってもらえると約束したかのような。つられて私もどこか嬉しくなってしまい足取りは軽くなった。
歩いて行くうちにごつごつとした大きな石や岩が多くなってきた。そして風の音が変わった時、私はようやく自分とチャックが現在崖下を歩いて居ることに気が付いた。そのくらい真っ暗闇なのだ。こっそりとチャックと手を繋いでいることで安心している自分がいる。
チャックが指を差した。
「ほら、わかる? そこにアルマがいるでしょう?」
彼がそう言った声はとても静かで崖の間を通り抜けて鳴く風に負けてしまいそうだった。彼の指をさす方向を良く見てみたがやはり暗闇が広がるだけだ。
「大丈夫だよ。カラお姉ちゃん。僕がちゃんと紳士らしくエスコートするね。僕がいるところが恐いわけないんだから」
私は彼に導かれるまま奥へと進んでいった。強い風が崖にぶつかりながら緩いカーブをつけて曲がっていく様子が音によって目に見えそうだった。途中、岩と岩の隙間に脚を引っ掻け転びかけたのだが、チャックは何も言わなかった。気遣いの出来る彼なら心配して声をかけ足を緩めてくれそうなものだが、それどころか彼の歩調は早まる。
私は、アルマと合流した。まるで重傷を負い立ち上がることの出来ない兵士のように這いつくばりながらも顔だけはしっかりと上げて一点のみを見つめ、開いたままの口からは唾液が零れ落ち顎で涙と混ざり合っている彼と。悲しみと絶望がもっとも深い瞬間だけを切り取ったままの彼の視線の先には可愛らしい水玉模様のワンピースを着た女の子がいた。絞殺されて。
「お疲れ様」
チャックはそう言って、私の手を離した。
第13話 謎ぐちゃり、君ぐちゃり。 end