13-7,謎ぐちゃり、君ぐちゃり。
もう夕方がこの街に滲み込む時間で、私達が外に出た時は街灯がつき始めた頃だった。夕方を茜色の空と呼ぶ表現は知っていても、茜色の空を見たことがない。いつだって私たちが知っている空の色は曇天が姿を奪い、雲が薄くなっている場所からほんのりと漏れる太陽や星の光から空色を感じるしかない。
「やっぱり、雨の日の夜の方がこの街は綺麗ね」
意識せず呟いたその言葉は落胆に濡れていただろうか。今日は雨は降っていない。咲き誇る滲んだ光も水たまりへの反射もそこには見られず、一度雨の夜を知ってしまえば物足りない明るい闇が広がっている。
チャックが私を見上げて明るい声で言った。
「何でも十年前くらいまでは雨ばかり降っていた地域だったらしいよ、このあたり。でも大嵐になることはほとんどないから水に愛された港町って言うのは縁起が良いって言って雨を生かした街作りがされたんだって」
「そうでしたか。昨日歩いた雨の街は幻想的で緊張してしまうほどでしたわ。でもチャック様、この街に着いて数日だというのにお詳しいのですね」
彼は話をするとき恥ずかしくなるほどに目を合わせるのだが、今回は目を逸らされてしまった。幼い子どもの顔で物憂げに睫毛の陰を頬に作っている。
「聞いたんだよ。憑りついているときに暇でさ」
「そうでしたか」
私は納得の声で鳴いた。奴隷が賢くあるのは滑稽だ。馬鹿で従順でなくては間抜けなのだ。しかし人間様の都合によって賢くならなくてはいけないタイミングがあるため難しい。
私は未だに死骸であるアルマにも幽霊であるチャックにもどう上下巻系をつけてどのように接したらよいのかわからないでいた。いや、違う。接し方はわかる。誰に対してでもへりくだり「私は奴隷ですから」と最下級の立場を揺るがさない生き方こそ奴隷にふさわしい。しかし、精神は目を潰された状態で生きた動物を積み上げて塔を作らなくてはいけない感覚なのだ。現実世界で最下級の私は精神世界でどこにならいても良いのだろう。犬の上に亀を置きその上にチョウチンアンコウを乗せたらそれは失敗だろうか。
「カラお姉ちゃんはお昼にどこか行ったの?」
話を逸らしたいのだろうか。チャックが大きい声で聞いてきた。
「海を見てみたかったのですが、色々ありまして諦めて帰ってきてしまいましたわ」
「じゃあちょうどいいかもしれないね。アルマお兄ちゃんが待っている場所は海なんだよ。港ではないからお船は見られないけどね。これからいくところはゴツゴツした崖なんだけど、お姉ちゃん怖くない?」
「アルマ様とチャック様がいらっしゃる場所が恐いわけありませんわ」
「そう、それならいいんだけど」
チャックは私の手を握った。「恐れ多いですわ、そんな身分ではありませんので」とセリフを吐いてゆったりと手を離そうとすれば「何が?」と返される。
「カラお姉ちゃん、海見たことないの?」
「え? はい、そうですが」
「さっき海を見てみたかったって言ってたからもしかしたらって思って。海を見るとね不思議な気持ちになるんだよ。濃い青や黒や灰色が押し寄せたり引っ込んでいったりって波打ったりうねったりする様子を綺麗って言う人もいるし怖いって言う人もいる。お姉ちゃんはどう思うだろうね」
「海にも街灯が?」
「ううん。ないから多分真っ暗だ。とてもとても」