13-6,謎ぐちゃり、君ぐちゃり。
幸いにも服に目立った汚れはなかった。
宿に戻った私はベッドの端っこにほんの少しだけ腰かけて考えていた。きっと今の私は指名客を一人もとれないような恰好や顔をしている。足の力はすっかり抜けて両膝はお互い顔を逸らすように外側を向いているし涎を垂らしていてもおかしくないような半開きの口で首を伸ばして上を向いている。そして時折、帰り道に買った昼食代わりのビスケットとマフィンの間に出来た子どものようなパンのようなお菓子のような不思議な食感のものを食べた。指でちぎって食べているためシーツに屑が落ちる。いいのだ。服が汚れなければ。
おかしい。おかしいのだ。私のことを私よりも知っているという人物が多すぎる。ロンド卿は人違いであったが、預言者とアルマと先程の女性は確実に私のことを知っているように思えた。そしてその誰もが私にあまり語ろうとしないのだ。アルマでさえも「全てを語ることは出来ない」と言って居る。私は彼ら3人を知らなかったが、彼ら3人は3人同士知り合いなのだろうか。
預言者は私に未来にすべきことを教え、アルマは私を誘導し、女性は私の死の運命を回避した。奴隷となった時点で自分の生き方を自由に決めたいなど思ってはいけない。でも私の運命が誰のものであるか、それが知りたい。私を守ることで預言者が得る利益は知っているが、もうすでに最も大切な人物を失い自身も既に死骸であるアルマと私の死を望むほどに私を嫌悪する彼女の得る利益は何なのだろう。
頭が、痛くなりそうだ。
私は昼食の入っていた紙袋を放り投げると寝転がった。考えたって、奴隷如きに何もわからないのだ。私の命が誰かの利益になることを何も考えずに信じて幸運に思うことこそ理想的な奴隷のあり方なのだと、何度も何度も言い聞かせる。
そして、本当は汚れた服こそお前に似合うのであって今の格好はお前にふさわしくないとも自分に教えてあげた。
階段を上がってくる音が聞こえて来た。アルマかもしれないし、階段のすぐ近くの部屋に寝泊まりしている老夫婦かもしれない。それから階段を上がって私達の部屋とは反対方向に進んだ所に赤ん坊を連れた父親が入って行くのも見たことがある。
私の部屋がノックされた。やはりアルマだったようだ。いや、アルマの体を使ったチャックかもしれない。
私は軽い咳ばらいをして華やかに返事をすると放り投げたゴミをひっつかんでゴミ箱へ捨て、鏡で自分の髪型や表情を整えてからドアへと向かった。
言い聞かせろ。私は奴隷だ。私は奴隷だ。
しかし、ドアを開けた時目の前に居たのは、見たこともない子どもだった。5,6歳の髪を一本の三つ編みにまとめて背中へ垂れ流した、大きな瞳とくっきりとした二重瞼を持つ金髪の男の子。クラバットに重そうな時計に革靴。私はしゃがんで彼の目線より小さくなって見せた。
「迷子ですか?」
男の子は悪戯っぽく私の真似をしてしゃがんだ。
「ううん、カラお姉ちゃんに愛に来たんだよ。僕は」
そう言って彼は自らの顔を近づけた。
「あなたは、チャック様?」
「あたりあたりっ。今からアルマお兄ちゃんの所に行こう。待ってるよ」
そう言って彼は私の手を握って立ち上がった。そして私の格好をまじまじと見ると「すっごく可愛いね。良く似合っているよ。天使みたいだ」と天使のような顔面で私に言った。