13-4,謎ぐちゃり、君ぐちゃり。
私と彼女は移動し続ける馬車の荷台から素早く降りた。着地の際に両手両膝を地面と激闘させ危うくおでこまでつけてしまいそうな私に対し、彼女はただ水たまりを飛び越えただけかのように姿勢を崩していない。通行人が驚いたようにあすぉ止めてこちらを見ていたため、私は服の砂を払いながら恥ずかしそうに俯いて立ち上がった。格好が悪い現実と守ってあげたい少女に見せることは共存できる。
「早く行くぞ」
彼女はそう言って速足で馬車の進行方向とは反対を目指して歩き始めた。
「逃走がバレたらどうするんだ。距離をとって人の少ない場所に行くぞ」
「はい」
「大丈夫ですか?」と手を差し伸べてくれる少年に柔らかく甘い微笑みで涙ぐみながら礼を告げ私は彼女を追いかけた。彼女の言うことは正論だ。また捕まってしまっては元も子もない。
大きなガラス細工の噴水の手前で曲がり、干してある洗濯物を見上げながら路地裏を奥へ奥へと進む。途中犬が吠え、私と彼女に緊張が走った。
彼女はこの港町の住人なのだろうか。人の視線が遮断された場所に私達は綺麗にたどり着いた。息を切らせている私を見て彼女は苛立っている様だった。真っ赤で分厚い唇が固くなっている。
私は彼女としっかりと目を合わせたあと、両膝を付き深く頭を下げた。まるで意志がこもっているかのような強い声の出し方で言う。
「助けていただき、ありがとうございました。あのまま連れていかれていたら、どうなっていたかわかりません。もしかしたら死んでいたかもしれません。ありがとうございました。この御恩は一生忘れません。いいえ、忘れることなど出来ません」
きっと彼女はか弱さや可憐さを前面に出した女の子を鬱陶しいと感じて嫌うだろう。泣くのを我慢しているように見せるくらいがちょうどいい。
効果があったのだろうか、それとも逆効果だっただろうか。彼女は私の顔をじっと見つめたまま少しだけ口を開き、そのまま動かない。仕方がない。私は感謝の気持ちを続けた。首輪がついていないため「私のような奴隷を」とへりくだれないところが不便だ。
「何かお礼が出来たらと思うのですが、お金も技術も私には何もございません。申し訳ありません。ですが、私にお役に立てることがあれば何でもお申し付けくださいませ。命をかけてでも、私はあなた様の願いを叶える所存です」
いや、まぁお金は持っているけどね。
彼女はひれ伏した私の顎を掴むと、彼女と目が合う様に上を向かせた。そして反対の手で拳を作ると私の額を殴った。2つの驚きが頭の中で茨がぐるり。
1つは、私に手をあげる彼女があまりにも美しかったことだ。互いの顔同士が近い状態で私は殴られた。顔の表情の変化も握り拳を作ってから私の額に到達するまでの動きも、細部まで観察することが出来た。彼女は加虐の甘美に酔って笑っているわけでもなければ憎悪の対象であるという私に怒りをぶつけているわけでもなかった。彼女は今にも溶けて消えてしまうそうな程弱々しく悲しそうな顔をしていたのだ。彼女の腕が降りおろされるとき、彼女の心臓がろっ骨や肉を通り抜けて地面へと落ちてしまいそうだった。
2つ目は、大して痛くないことだ。先程まであれほど力強く私を蹴り飛ばしたり踏んだりしていたというのに、その手にはほんの少ししか力が入っておらず私は後ろにのけぞることもなかった。どちらかといえば顎を掴む指の方が痛い。あぁ、彼女は爪も手入れをしているんだ。
彼女は私の顎から手を離すと、次は私の左手首を掴んだ。そして彼女は私にキスをした。私の左手の小指の付け根に、口づけをした。
美しい。