12-12,奴隷に甘美は似合わない
媚薬というのは疑惑や不安が恋をする撒き餌のことを言って居たのかもしれない。
「気に入ったらまた戻っておいで」と言われ店を離れた私は海を目指していた。私は海を見たことがなかったのだ。船とは本当に絵本で見たとおりのものなのかも勿論知っておきたい情報ではあるのだが、それ以上に海は私の興味を掴んで離さない。
手首から甘い香りが私の鼻孔に流れてくる。花の甘さの中にグレープフルーツのような苦味が、いいや、焦がした砂糖のような苦味が感じられる。時々香りが流れていって薄まったと感じる時には不思議と石鹸のような香りも感じるのだ。恋は甘酸っぱいものであるとよく聞くけれど、この練り香水は色気に翻弄され上目遣いを見て心臓をジャムに変えては節目を見て呼吸が砕け散る片思いの男を想像させた。
海の香りが強くなっていることに私は気が付くのに遅くなってしまった。おそらく私はこの香りがそれなりに好きなのだろう。
薄暗い天気を明るくするような真っ白な花束を作る店員が見える花屋を通り過ぎ、オリーブの入った瓶を連想させるような不思議な形の服屋を通りすぎて、私は海へと歩く。服や花も勿論好きなのだが帰り道にゆっくりと見ればいいと思った。私はポケットの中を確認し硬貨の入った布袋があることを確認した。
あぁ、海のイラストが描かれた看板がある。大きな花の飾りがついた洒落た帽子やほとんど裸足なんじゃないかなっていうようなサンダルが売られている。
もうすぐ、海のはずだった。はずだったのだ。海。海。憧れの。逃亡の道標。自由の象徴。母なる海。人間風情など未介入の神秘が底に。
「可愛いお嬢さん、どちらへ?」
そう声をかけられたのだ。男性に。私は嬉しくなってしまったのだ。距離をつめてきた男は言った。
「良い香りだね。俺の好きな香りだ」
腕を掴まれたとき、その力があまりにも強くて私は初めて身に迫る危険に気が付いた。
第12話 奴隷に甘美は似合わない end