12-10,奴隷に甘美は似合わない
私があの飲食店で服装を馬鹿にされたのをアルマが話したのだろうか。それともあのキザったらしい幽霊の提案だろうか。どちらもありそうな話だ。
私が苛立ったのは若い女としての羞恥心や怒りをぶっ壊し、奴隷として従順にまるで感情のスイッチが他者にゆだねられているかのように遠慮をしながらも喜び感動をしなければならないということだ。
しかしどちらにせよ、服は必要であると思っていた。自分が奴隷であるという自覚を失わないでいられるならば男物のだぼだぼの服を着た女からどこでも歩いて居そうな一般的な女に扮しておいて損はない。この服装は羞恥の象徴であるとこの腐ったトマトのような心臓に刻もう。他者によって選ばれ合意も意識もないままに着させられた服であり、薄汚く貧相な奴隷には似合わない真新しく美しい人間用の物だと。似合うともふさわしいとも思ってはいけない。そもそも意識的にそれを決している時点で私は愚かなのだから。
アルマの性格上、彼のほうから私の部屋を訪れることはほとんどないだろう。だとすれば自分から彼の元へと行き服の礼を告げるべきだ。その時の反応も見ておきたい。
部屋をノックする際に気が付いた。今アルマの体の中にチャックが入っている可能性も否定しきれない。しかしこのまま部屋の中に閉じこもっているわけにもいかない。
私がノックをすると中でガサガサと紙を折りたたみ隠す音が聞こえた。おそらく彼は新聞を読んでいたのだろう。それを隠そうとするのは私への配慮だろうか、それとも隠すことが彼に利益を産むのだろうか。わからないけれど。私は彼の許可をきちんと聞いてから部屋へと入った。野蛮で無作法な奴隷は狂った奴隷に近い存在に思えたのだ。
私は入室早々頭を下げへりくだりながら感謝の言葉を告げたが、彼は「あいつが勝手にやったことだ」と告げただけで軽く流されてしまった。
「チャックがパラソルの店のチーズとベーコンの乗ったトーストをどうしても食べたいと言ってな。お前の体に乗り移ったままココアと一緒に朝食を取っていた。ごめんなさいだそうだ」
確かに、お腹が空いて居ない。いや、お昼前なのだから人間様であれば多少お腹に隙間が生まれる頃合いかもしれないが、もともと胃袋が小さく鈍感である私はまだ胃の中に物が入っている感覚がある。男の子が食べたものが自分のお腹の中にあるのならそれは実質キスなのではないかと一瞬だけ考えたが、それを恥ずかしがるような純粋さも気持ち悪がる清潔さももともと持ち合わせていないため、くだらなくなってやめた。
「船は四日後の朝10時に出るそうだ。すまないが、今日死んだ妹のことでチャックと話がしたいんだ。一人で居られるか? 部屋にいてもいいし、勿論金をやるから街をあるいたって良い」
「お金は要りませんわ。こんな素敵なお洋服を買って頂けたのですもの。充分な、身に余る光栄ですもの。けれども昨夜から先程私に体が帰ってくるまで、その話はなさらなかったのですか? てっきりその話をなさっているのだと」
「いや、正確には話はしたんだ。けれど、出来ない話しもあったもんでな、事情があって」
「そしてアルマ様、私の体なしに、誰かの体なしに、チャック様とお話しなど出来るのですか?」
「それ以上は聞かないでくれ。俺はお前に嘘をつかない代わりに干渉しないでいたいんだ」