12-5,奴隷に甘美は似合わない
店を出て少し歩き始めた頃、私はアルマに深く頭を下げた。仕方がない。こうする他はない。ただ今来ているこの服を否定してはいけないことが悔しい。
「申し訳ありませんでした、アルマ様に恥をかかせるような真似をして。アルマ様が貸してくださった大切なお洋服なのですから、誰になんと言われようと私はかまいませんと本心を伝えるべきでしたわ。それに髪を整えることや爪を洗うことを怠った私の意識がかけていたのです。あなた様の隣を歩くというのに」
「いいや、好きにしろとばかり言って、気が効かなかったのは俺の方だ。すまなかった」
私が話を続け自分の落ち度を語っても、彼はもう返事をしなかったため私ももう何も言えなくなってしまった。口数は少ないことが理想的な奴隷の様子である。
途中三軒ほど服屋の前を通った。当然この時間になれば歓迎の札は裏返り窓のカーテンはきちんと閉まって店内は真っ暗になってしまっている。私は自分の中で燃え上がる羞恥心が煙を出して鎮静化するのを待った。今回の一件でアルマは私に服を買ってくれるだろう。恥を描いた代償としては悪くないのだ。恥は時間が経過するとともに脳への付着が緩くなる。
「それに、綺麗な恰好をしていないと夢魔に目をつけられちゃうわよ?」
あの店員はそう言っていた。どうやら今日もガラス職人の老人と貧困家庭の少女の二人があの誰かが乗り移ったかのような現象の被害にあったそうだ。そしてこの街の人は「夢の中を渡り歩いて暮らす悪魔が肉体を乗っ取り現実世界に出てきてしまったのだ」と噂して夢魔の仕業であると騒いだそうだ。被害者は全員寝間着であったり作業着であったり運動着であったりしたため、美しい恰好をすれば狙われないと言われ今晩は街中のほとんどが自らの持つ一番美しい服で眠るのだという。その話が本当であるのなら、そのような準備ができなかった私やアルマは狙われるのかもしれない。
「アルマ様、生意気にもお尋ねすることをお許しくださいませ。お気に召さなかったのならば、どうか私に罰を。アルマ様はこの夢魔が起こしているという噂の事件に心当たりがあるとおっしゃっておりました。何を知っていらっしゃるのですか?」
彼はしばらく何も言わなかったが、宿がみえてきたころ口を開いた。
「その夢魔と呼ばれるものが妹に乗り移ったのを、見たことがあるんだ」
彼の妹に関する情報はたとえそれが唾液の味や若白髪の本数でもいいから知りたかったのだが、宿に入ると彼は無言で私を部屋に戻るように促し、アルマは自分の部屋にすぐさま入ってしまった。鍵のかかる音が聞こえる。
レディにするお休みの甘い言葉は何もなかった。夢魔に関する心配の言葉もなかった。