12-4,奴隷に甘美は似合わない
メニューを見ても何を頼めばいいのか見当もつかず、私は誤魔化すようにグラスに入った氷水を飲んでしまった。私がルイナスであった頃、私が人間であった時代、父様も母様も料理が好きな人だったから外食をほとんどしなかったのだ。贅沢をする祝いの日は庭に出て鉄串に刺した牛肉の塊をたき火で焼いた。たまにお店で食事をとったとしても、それが夜であったことはたったの1度もなかったかもしれない。
人間の雄から良く見られるメニューとはどんなものだろう。アルマは人間では無いが、私が彼を人間であると認識していると思われておきたい上に、彼を利用するのなら彼から好感を持たれておいても損はない。いっそ彼が大声で自分が怪物であると公言しながら歩いてくれれば、もっと楽でもっと自由な奴隷でいられるのにこの男は気が効かない。
「何でも頼めよ。何にも気にしないで」
なんて彼は言った。役立たずだなぁ。
結局私は値段の安い色どり野菜と鶏肉のスープを頼んだ。茶色をしたパンもついてくるため丁度良かった。でも対面している彼はコーヒーだけを頼み、他には何も食べない。
「アルマ様、お料理は何もお食べにならないのですか?」
彼は顔を近づけ、声を低くした。
あ、髪が私の肌にあたってくすぐったい。憂鬱そうな暗い瞳が今の私には生意気に見える。
「欲が沸きにくいんだ。食欲とか睡眠欲とか、物欲とか」
性欲とか?
「一度死んでるからかもしれねえな。時々、本当に時々妹と暮らして居た時を思い出したかのようにゆっくり寝たいとか、たまには贅沢なものが食べたいとか思うんだけどな」
「気が付かなくて申し訳ございませんでした。確かに、お会いしてから今までアルマ様が飲み物以外の物を口にすることはありませんでしたわ。アルマ様、私もあなた様の生活に付き合いますわ。私だけが欲に手を伸ばすことは出来ません」
言葉に真実の感情など込める必要はない。よくこねられた嘘が混ざっていれば十分なのだ。だって目に見えない物を信じていたって仕方がない。
彼は当然、私の申し出を断り、私は何度も視線や指を不器用に動かして見せてからスープを口にした。やっぱり温かいものを頼んでよかった。思ったよりもチキンが入っていないようにも思えたが野菜の種類が豊富だったためにさほど気にならない。
スープもパンも半分くらい減った頃、短いシンプルなスカートとダボダボのトップスをまとめる真っ赤なエプロンが良く似合う女性が水を注ぎ足しに来てくれた。ワイン色のアイシャドウがシルバーをまとって大きな瞳を持つ目を囲っている。私は自らの格好を思い出し、恥ずかしくなって俯いた。
「あら、可愛いカップルね」
彼女は長い睫毛を見せびらかすかのように瞬きをしてそう言った。そして恋人ではないと恥ずかしそうに上目遣いで伝える前に言われてしまった。
「でも彼氏さん、可愛い彼女さんに服でも買ってあげたら? ヴェングエルさんのところの服屋さんが良いわよ。わざわざ船に乗って買いに来る人が居るくらい」
死ね。死ね。私よりもお前の方が美しいのは当たり前だ。私がもしも美に関心をもって生きることが許される人間であったならお前よりも美しいし、もし私もお前も奴隷であったら私の方がより多く客を取れていたに違いない。死ね。死ね。現実を見れていない屑ゴミは死ね。
「それに、綺麗な恰好をしていないと夢魔に目をつけられちゃうわよ?」