12-3,奴隷に甘美は似合わない
この街は夜になればもしかしたら雨の日の方が美しいのかもしれない。街に到着した時には存在感などまるでなかったまるでランタンのように小さな街灯達が後ろにも奥にも右にも左にも無数に輝いている。それが雨によってぼやけてさらに多くの光に見えて、水たまりにも反射するのだから太陽から愛されないこの国を火花が祝福しているかのようだ。
これが貿易都市の持つ余裕というものなのだろうか。それとも来航者に見せる見栄や威厳に近い物なのだろうか。この地方は分厚い雲に覆われているため夕方を過ぎれば急速に暗くなってしまうというのに、この街は今輝きが滲んで優しい明かりがそこら中で咲いている。雨に霞むことのない夜はもっと華やかで気高い光を放つ街なのだろうか。
街があまりに美しく、私は憂鬱でたまらなかった。右足一本分でも右耳一つ分でも私がこの街に収まって良いスペースなどないような気がした。
私とアルマの前を貴婦人が横切った。傘から生えるフレアスカートと歪みもシミも白い脚。あの艶のあるパンプスはお出かけから帰り次第またぴかぴかに磨かれるのだろうか。
あぁ、ロンド様。あなたの隣をサキカが今恥を忘れて笑顔で歩いているのでしょうか。奴隷を捨て、服従と穢れを忘れ、都会に似合う様に着飾っているのでしょうか。きっと彼女の腸は炎を宿す。きっと彼女の血管を雷が切り裂く。それが一度人間を捨てその後奴隷を捨てた者のたどる運命だと私は信じ、願っている。
私はあの下着のような服も捨て首輪も外されたが、来ている服はアルマが与えた男物で女が着る物としてが全く洒落ていない。しかし生地が薄すぎもせず破けてもいない衣服を着て人間様の隣を歩くことは贅沢が過ぎることだと思っていた。しかし、人間のフリをしながら死骸の隣を私は今歩いている。もっと、もう少しだけ、私に似合ったものが着たくなってしまった。フリルやレースのついたワンピースが欲しいとは言わない。せめて女物の服が着たい。私は俯いて顔を見られないように歩いた。この街に似合わない恰好をしている私が恥ずかしかった。
いいや、おもいだせ。いいや、わかっている。隣を歩く存在の正体が変わっただけであって、自分が人間のフリをさせていただいて居る奴隷であることなんか。
アルマは優しいがロンド卿のような上流階級の紳士のような立ち振る舞いはしない。私たちはたったの一言も話さずただ進み続けた。どうやら先程外を回った際に飲食店の多い通りは把握したがどこで食べるかまでは決めていないようで、私たちは小さな橋の上で目があった看板を持つ髭を整えた小太りの男の誘導のままに店に入った。
嬉しかった。店内は暗いし、ガラスや金属が少なく、木と布で整えられた内装だった。
こういうシーンを書くのは個人的には好きなのですが、ネット小説で更新形式にしているとテンポが悪いでしょうか。移動だけで1話分になってしまい話が進まなくて申し訳ありません。