11-7,奴隷が正義を語る姿は滑稽で
街の影が見えてきた頃、大粒の雨が落ち始めた。一面の地面の色が一瞬にして変わってしまう様子はあの閑寂の森を思い出させる。
「普段はこの辺まで来ると海の香りがするんだ。今は雨の匂いしかしないな」
彼の心臓が動いていないと知り、私は喜んでいた。嬉しい。嬉しいのだ。彼を見下し嘲笑する権利を得たように思えた。奴隷が人間よりも圧倒的に生物として階級が低いことは常識であるが、生物という役を引退した死骸と奴隷であったらどちらの方が上だろうか。しかも人間を殺し続けなかったら、おそらく肉は朽ちて骨となりやがて土へと変わるのだろう。これは人間に害を成すモンスターであると言えるのではないだろうか。害虫と奴隷ではどちらが価値が高いだろうか。駆除対象と逃亡奴隷、どちらが価値が高いだろうか。
こっそりと彼の顔を見た。闇を含んだ美しい瞳をしている。暗い雨空に潤いのある髪が光を作る。なんて気持ちが悪いのだろう。不格好だ。醜男だ。
ずぶ濡れになった私達はとうとう目的地であるレングロの街へはいる門へと到着した。ここからは船が出ているという。門番を前にして私はアルマの、死骸の後ろに体を少し隠した。門番は屈強な肉体をマントで隠した若い女と髭を蓄えた高齢の男の2人だった。
「まぁ、旅のお方、雨の中大変でしたわよね。ご苦労様です。ようこそ、レングロへ。貿易の盛んな港町ですので、なかなか見ることの出来ない珍しいものもそろっております。まずは、宿屋で体を温めると良いでしょう。レディが震えていらっしゃいます」
「部下に宿屋まで案内させましょう。残念なことに部屋はたくさん開いているでしょう。しかし、今このレングロの街を覆う悪い噂をご存知でしょうか?」
あの旅人が教えてくれた噂を伝えようとする老人を女は睨んだ。アルマはその視線に気が付いたのか即座に口を開いた。
「既に旅の者から聞いております。案内をお願いできますか? 彼女が風邪をひく前に」
アルマが私を軽く抱き寄せた。さらに彼と密着する形になったため私の姿は大幅に隠れただろう。
私達は門をくぐってすぐの屋根で門番の部下が迎えに来るのを待った。
「これ、もっておけよ」
アルマが私に布袋を差し出した。中を確認すると、当然のようにそこにはお金が入っている。かなりの額だ。心臓から手が出るほど欲しい。
「受け取れませんわ、アルマ様。奴隷はお金を持てませんもの」
「今のお前を見て誰も奴隷だとは思わない。首輪のない奴隷などいないと誰もが信じているさ」
「では、これを受け取る理由がございません。それも、こんな高額」
「それで最低でも一カ月は食いつなげるだろう。俺はお前を捨てない。お前が付いてくる限り一緒に逃げるつもりだ。でも、俺の正体を知っただろう? 不気味じゃないはずはない。逃げたくなったらそれを持っていつでも逃げろ。俺といる限り、俺は人を殺し続ける。俺にとっては人殺しは使命を果たすための手段であり、正義を遂行する方法だ」
私は布袋を彼の手から受け取った。彼はうすく微笑んだ。
「では、アルマ様。私をこれを持って、ずっとアルマ様のお傍におります。私がこれを持っていた方が優しいあなたにとっては気が楽でしょう。でも私は逃げたりはいたしませんわ。逃げることの出来る状況がどれだけ整おうと、あなた様を頼らせてくださいませ。今は無理でも、きっといつかお役に立ってみせます。あなたに危険が及んだ時、私が盾になりましょう。アルマ様、あなたはあなたの正義を貫いてくださいませ。あなたの正義が私の正義です。あなたの信じるものが私の全て。あなたの正義を遂行する道具として私をお使いくださいませ」
第11話 奴隷が正義を語る姿は滑稽で end