2-2,まるで友達のような奴隷
豚小屋の中で仕事中の話しは極力しないというのが暗黙のルールになっている。私がここに来た時にはすでにその掟は完成しており、何も知らない私が慣れない行為への疲れを語った際に、その場に居る全員から嫌悪の視線を向けられた。
しかし例外はある。情報を共有しておいた方が各々の身の安全を確保出来ると予想される特殊なことがあった時だ。3日前、童貞という名の預言者が訪れた時には6人全員から口々に尋ねられた。2週間前に「男性器を切り落としてほしい」と言う要求があったこともトラブルを招きかねない客であるため注意喚起のため話がされた。
しかし今日はとてもとても日常であったため、生産性のない、自分の顔と名前を名乗った誰かの話をするのだ。現実以外の話ならどんな話しだって楽しいのだ。どんなに虚しくとも、夢物語を語るガリガリに痩せた首輪つけている奴隷は愉快で滑稽なのだ。
「落とし穴から落ちたらね、こことは違う世界に行けるんだって。その穴が近くにあるらしいんだけど1日じゃ見つけられなかったよ」
口火を切ったのはおそらく最年少であろう10歳程の年齢に見える女の子だ。子どもっぽさを売りにしたい彼女は無邪気で活発な女の子を装いたいようだが、彼女は時折客として現れる中年男よりも大人びた表情をしている。本当の無邪気な笑顔を知っている私の目に、彼女が子どもっぽく映ったことはない。サヤと私達は読んでいる。
「私は前に落っこちたことあるよ。ずっとここに居たいなって思えるくらい綺麗で温かいところだったけど、トムの迎えが来ちゃって渋々帰ったの」
会話の流れに綺麗に乗っかったのは背中から首にかけて火傷のある少女エリ。トムと言うのは彼女の話に出てこないことはほとんどない執事だ。手入れの出来ない痛みきった髪をどうしても切りたくないらしく、白髪交じりの髪が腰近くまで伸びている。
「言葉って通じるの?」
そう聞いたのがエンドだ。私がここで共に暮らす5人の中で最も一緒に会話を楽しむ人物である。他の子と変わらず常に憂鬱そうで明日死んでもおかしくないような表情だけれど、私にとって少しだけ彼女は特別だった。おそらく笑顔を見せないからだと思う。奴隷の見せる笑顔はほとんど全てが嘘なのだから、この世の全てを諦め未来に希望の1つも抱いていない彼女はどれだけ穢れていようと私には純白にみえるのだ。エンドは常に不安そうな顔をしている。辛そうな顔をしている。でも、それを口に出すことは一切なく、かといって他人を悪く言う所も一度も見たことがない。それは優しさではなく、他人に期待をしないという経験からくる彼女の生き方なのだ。