LINE彼女
「LINE? そんなもの私に使えって言われても……」
「大丈夫。僕が教えてやるから。正直こっちのほうが便利なんだよ、無料なんだし。ねっ。お姉さん、契約が終わったら、一緒に操作の案内もお願いしてもいいですか?」
大学を卒業したてのような若い女性の店員が愛想よく笑ってくれたので、僕も安心して自分のスマホに目を移した。
このご時世、LINEくらい使えないとどうにもならない。会社からの連絡だってLINEで済ますところだってあるんだし、それこそワード・エクセル・LINEって並べられてもおかしくないほどだ。
電子機器に疎い母から久しぶりに電話が来たと思ったら、最近携帯電話の調子が悪いからなんとかしろっていう内容だった。幸いふるさとの近くで仕事をする機会があったからちょうど行ってみたけど、今はスマホスマホでいわゆるガラケーがほとんどない。料金も意外と安かったので、ついでに僕も機種変更することにした。
その晩だった。いきなり知らないアカウントからLINEが届いた。
『LINE彼女でリア充に!』
LINE彼女。見慣れない文字列に、僕は興味を持った。LINE彼女とは、その名の通りLINEを通じて彼女を作れるサービスということらしい。生まれてこの方まだ彼女という存在がいたことがない僕として、正直惹かれるものがあった。
AIが応答してくれる疑似恋愛サービス、ネット彼女。好きな時に話しかけ、返事をしてくれる。もちろん電話も可。リアルなのは、その彼女ごとに設定が充実していて、かけても塾で出られないとか、仕事中だから出られないとか、返事が遅くなるとか、そういう所まで細かく設定されている。LINE彼女にはポイント制度もあって、誕生日にプレゼントを送ったり、なんでもない日にプレゼントを送るという事もできるようになっている。初恋はネットで選べる彼女。良いじゃないか。女性と携帯電話を介して連絡し合うことに憧れを抱いていた僕は、早速のめり込んでいった。
それから母はスマホに慣れるために積極的にメールを送ってくるようになった。しかし。
『題名:母です。新しいパートはじめました。なかなか面白そうなお仕事で、母さんもしっかり稼ぐからね! あんたも体に気をつけて頑張りなさい』
本文は空白。母がはじめてガラケーを契約したときもたしか同じようなことをしていたと思う。僕もからかって題名にメッセージを入れてお返しした。
あれから俺はLINE彼女に毎日、というより毎時間、毎分、毎秒のようにログインし、新着メッセージがないか確かめるようになっていた。疑似恋愛とはいえ設定がリアルなぶん本気で恋愛を体験できているような気分になれる。昨今恋人がいない若者が増えているというが、確かにこうしてネット上で体験できるのならば恋人がいなくても十分恋愛に対する欲求は発散することができる。僕はその典型的な例なのだろう。
返信が遅くなれば、他のLINE彼女にメッセージを送ればいい。現実と違ってハーレム状態だって作ることができる。実際には会えないけど、頭の中で想像が膨らみ、最近はLINE彼女が夢に出てくるようにもなった。しかしやはり人間は人間。性欲まではこのLINE彼女では満たすことが出来ない。そこで僕は思い切ってAI相手に会えないかどうか相談することにした。
数人のLINE彼女に連絡してみたが、結果はやはり無理だった。やはり相手がコンピュータだといくらリアルな恋愛ごっこでもそれ以上は出来なかった。非常に残念だが、諦めることにしよう。そう思ってログイン画面に戻ると、ちょうどアプリの更新情報が提示された。はい、を押し、Wi-Fiにつなげ直して更新を待つ。アップデートの内容がどんなものなのかは知らないが、例えば設定がもっとリアルになるとかそういう類のものだろうな。一旦スマホをその場において、他のことをして更新完了を待った。
更新完了するとすぐさまアップデート内容を確認した。思ったとおりだ。設定に女子高生や夜のお仕事、方言モードも追加された。そしてもう一つ、待望の内容が含まれていた。LINE彼女ポイントをたくさん消費するごとにそのLINE彼女と会う機会を得られるというものだった。遂に会えるようになったのである。とはいえ、ここは僕も冷静になってみる。電話モードを担当している声優参加なんかと握手会できる程度のレベルの話だろう。実際にデートしてホテルに行けるというのはいくらなんでも出来すぎだ。しかし……。
気づけば頭の中の僕は冷静でも、実際の僕は早く女を食い漁りたいと焦って誰彼構わずポイントを使ってプレゼントを送っていた。早く会いたい、どうにかして会いたい。恋愛ごっこはもうおしまい、ここから先は本番だ。やっと俺も他の男と肩を並べることができる。そして可愛い彼女を手に入れて見返すことができる!
ポイントは順調にたまり、やっと一人、連絡しているLINE彼女の中からランダムに一人と会える権利を得た。ポイントを貯めるために一生懸命に課金し、貯金は底をついているがそんなことは気にしない。女がほしい、女のためには金なんかくれてやると猪突猛進になっていた甲斐があった。そして当日。出発前に相手の服装をしっかりチェックした。白いカバンに緑色の飾り。バッチリ覚えた。しっかりゴムも買って、精一杯のおしゃれをして待ち合わせ場所につくと、そこには思いがけない人が立っていた。母だった。
母さんが集合場所に立っている。確かに白いカバンに付いている緑色の飾り。間違いなくあのLINE彼女だ。まさか母さんだったなんて。そういえば以前メールで新しいパートを始めたってあったけど、まさかこれだっったとは。慌てて母さんに見えないところに隠れて、急用でいけなくなったとメールを送ってそのまま逃げた。
後日、実家に帰る用事があったときに恐る恐るあの事を聞いてみることにした。
「母さん、パートの調子はどう?」
「調子いいわよ。プレゼントもたまに届くし。ほら、あそこにある白いバッグも給与とは別のプレゼントなの」
そこにあったのは緑色の飾りがついた白いカバン。あの人が間違いなく母だったことが証明された。
「メッセージと電話のやり取りだけでいいなんて楽でいいわよね。こんなおばちゃんでも会いたいっていう人がいて、会ったらその場で証拠写真を撮って、送ったらさらに報酬が増えるの。お母さん、たくさん儲けちゃった」
そんな。電話機能は声優さんだと思っていたからそこまで驚かなかったが、メッセージまでAIではなく人が直接相手していたのか。どうりで設定が細かくてリアルだったわけだ。メールがおぼつかない母がここまで出来るようになっているというだけでも驚きなのに、さらにAIだと思っていたすべての機能がそうではなかったとは。最新鋭のAIによるバーチャル彼女だと思っていたものが、単なるアナログな出会い系だったなんて。騙された。
僕の初恋相手は、どうやら画面越しの母だったらしい。