TSしたのか、オレ以外のやつが……
エッセイ風なんですけどエッセイじゃないです。
ジャンルがわかんにゃいので、適当にそれっぽい純文学にしました。
純文学=芸術的。
美少女=芸術的。
したがって、美少女=純文学でQEDで、いいですよね?
隣の山田が美少女に変身してきたときには、正直うらやましくてしかたなかった。
そういうふうに男が女に変わったり、女が男に変わったりすることを、性転換もしくはTSというのだが、オレは美少女になりたいだけの高校生だったんだ。
なぜ美少女になりたいかというのは、なかなかに表現が難しい。
これは厳密にはなぜTSしたいのかという問いとイコールではないからだ。
つまり、オレは別にモロッコに行って性転換手術をしたいとか、ガチで性同一性障害というわけではなく、あくまで一種のファンタジィーエンとして、達成したい夢幻として、TSしたかったのだ。
そこでは、『美少女』というのは概念であり、そこらにもしかしたら本当にいるかもしれないアイドルや声優やあるいはクラスのかわいいあの子なのではない。
女ですらない。少女でもない。
あくまで『美少女』というカテゴリ。
かわいさという概念が超越した存在としての『美少女』になりたいのである。
この鍵かっこ付きの美少女のことを、あえてここではTS少女と呼ぼう。
オレはTS少女になりたかった。
なぜなら、オレはリアルではモテないからだ。
モテたいだけなら、べつにTS少女にならなくてもいいだろう。イケメンになればいいじゃないか。
確かにそういう考え方もあるだろう。
しかし、イケメンというもののレアリティを考えたとき、それはあくまでもちょっとレアというだけのことであって、SSRなキャラクターというわけではない。
TS少女は一般的にはSSRに相当する。カタカナで言えばダブルスーパーレア。
つまり、☆の数がやたら多い女の子である。
TS少女がとくになんらかの技能を有しているわけでもないのに、そのかわいらしさや仕草をもって、男女問わずに篭絡してのけるのは、このレアリティに起因するものだとオレは考えている。
男女問わず。
ここが大事。
男にモテるだけではなく女にもモテるのだ。
理由を構造的に説明するのは難しいのだが、例えば男の子っぽい心が残っているので、イケメン補正で惚れるとか、そういうことにしておけばいいだろう。だが、世の中のTS作品のほとんどは、可愛がられる理由について説明しているものは少ない。そんなことは先天的な属性として有しているからだ。
レアリティがそれを後押しするといっても過言ではない。
必然的に、
――山田は超人気モノになった。
いままでクラスのさえないやつだった山田は、クラスのイケメン連中だけでなく、そこそこかわいいクラスの女子どもにもちやほやされている。だけではなく、先生やそこらを歩いていたおばあちゃんや、果ては猫や犬にまで可愛がられていた。
まさに老若男女かまいなし、だ。
TS少女はその多くはサキュバス的というべきか、誘惑的な要素を抱えている。
これは要するに人間の価値を交換価値的に捉えた場合、相手に対してセクシャルな欲望を抱かせるほうが価値が高いためである。
つまり、TSの神様なんてものがいたとして、そいつが自己の欲望を投射しているとするならば、必然的に、TS少女はひたすらモテて、モテて、モテまくらなければならない。
加えて、その希少価値もあいまって、価値が相乗する。
そして、その価値はTS少女の中に秘されるのである。
構造的には、チート能力を持つイケメン主人公が、みんなには能力を知られたくないのに、やれやれ困ったものだな、これでは知られてしまうではないか、とポーズしてみせるのと同じだ。
他方――
ここがひねくれているところであるが、このTS少女の価値を高く置いたときに、神はこの交換価値を『売る』かどうか考える。
交換価値を売るということは、TS少女は自分の価値に、ひいては希少価値、交換価値というものに非常に自覚的であるし、その売り方も、自分の欲望に沿うものになるだろう。例えば、女好きのままであれば、自分のかわいさを利用して百合百合な関係になるとか、そんな感じだ。
逆に交換価値を売らないという方向に進むこともある。
はっきり言えば、いつでも売れる状況であるのだが、それをあえてしないことによる愉悦のようなものだろう。アナロジーとして正しいかはわからないが、『札束を数えながらにやけた笑いを浮かべる男』のような状況が近いだろうか。いや、あるいは札束そのものではなく、コンテンツとしての価値は十分に売れることを理解し、かついつでもそのコンテンツを公開できるのだが、その選択は手元にあることの愉悦といった感覚か。
例えば、宝石をいくらでも出せる能力があるとして、いつだってお金持ちになれるという、そういった潜在的な価値だ。
これは一種の処女信仰にも似たところがあるだろうか。
ところで、処女ってなぜ価値が高いと思われているのだろうか。そう思っているのは童貞だけであるという説もあるが、では童貞でもいいが、なぜ処女のほうが良いと思うのか。
言うまでも無い。
交換価値が高いからである。
処女のほうが交換されていないということであれば、市場に流れていない新作であり、そこらで量産されている廉価なものではなく、市場に流れていない唯一のものということになるからだ。
TS少女はその価値の高さを究極にまで極めるためには、上記のような理由をもって『無垢』であるほうが望ましいのである。
しかも、その価値を温存するために、TS少女は不老属性を持つ種族と親和性が高い。
したがって、TS少女は長命とされるエルフやら妖怪少女やら吸血鬼やらになることが多い。
かつ、ロリになることが多いのだ。おばさんにTSする話なんて極稀であり、TS好きなオレとしてもほんのわずかしか見たことはない。
――山田は吸血鬼の先祖返りで、TS少女となったらしい。
「ねえ。オレくん」
「ん。なんだ?」
「オレくんってすんごくいい匂いするよね。ちゅっちゅーしたいな?」
知るかと言いたかった。
いまの山田はこぼれそうなほど大きな瞳をうるませて、袖のところからちょこんと指先を出し、小さな身体を精一杯背伸びさせてオレを見てきている。
穢れを知らない柔肌は触ったら滑落しそうなほどであり、抱きしめたら折れそうな矮躯は、こうなんというか……下半身に来るものがあったさ。
しかし、オレはそうはならない。
オレの理性がそうさせるのではない。
オレの本能が、TS少女になりたいという欲望が、それを許さないのだ。
なぜなんだよ。
なぜ、TSしたのか。オレ以外のやつが。
ちなみに、クラスカーストで言えば最下位のオレが、山田の願いを無碍に断れるはずもなく、気の済むまで血をちゅーちゅー吸われたことは、物語の流れ的にはっきりいってどうでもいいことなのだろう。
☆
前の席の田中がTSしたときには、オレは怒りで我を忘れそうになった。
ごつごつした筋肉質の身体はいまやマシュマロで全身をくるまれているかのようであったし、ふわりと香る匂いはラベンダーか何かのように精神を落ち着かせる。
しかし、待ってほしい。
これは、もともとTS少女のレギュレーションに違反しているのではないだろうか。
レッドではないがイエローだろう。
何度も言うが、TSという現象の肝は、はっきりいって、希少価値を構造的に作り出すことにあるといっても過言ではない。
世の中にあふれているTS小説の多くは、単純にキャラクターにTS要素を付加したものもあるが、それにしたって、TSという要素によって付加価値をくわえているのである。
主人公がどんなにそのことに無自覚であっても、結局はやれやれ系主人公のポーズと変わらない。
あるいは、転生モノでもはや完全に精神は女ですというパターンもあるかもしれないが、来歴は消せないのである。そのバージョンがやはり付加価値となる以上、希少価値が失われることはない。
だが、複数人がTSしたらどうだろうか。
これは、レアリティを失わせる行為である。
いくら、取り繕っても、その属性が二つ以上あれば、価値は減殺されてしまう。
山田がTSしているのに、君はいったいなぜTSしたのかねと問いたかった。
――ちなみに彼女は先祖がサキュバスだったらしい。
「あ、オレくーん」
「なんだよ」
「今日さ。暇?」
「暇だが。なんだ?」
「あのね。オレくんってさー。すごくいい匂いするよね。私……発情しちゃった」
「やめてくれよ。おまえ、私とかいうキャラじゃなかっただろ」
「キャラ作りのために、がんばってんだよー」
しかし、ミルクチャレンジは勘弁してほしいところだった。
☆
それから、三十日後。
クラスはTS少女で満たされた。
どうしてこうなった……。
冷静になりたい。
冷静になるために、このごろの新類型としての『あべこべ世界妄想』というタグについて、語っておこう。
このジャンルは主人公男が、ふとした拍子に『男』の価値が究極にまで高まった世界に転移してしまうという話だ。
当初は、このジャンルは美醜反転モノとしての始まりだったと記憶している。
主人公は男の場合が多いので、そう仮定して話を進めるが、まず男はある日ある時、価値観の違う世界に転移する。その世界では、男が弱かったり、希少だったり、あるいは先天的にフェロモンやらなにやらを出しまくる性質をしていたりして、つまるところ価値が高いのである。
美醜反転という属性は、主人公の目線からすれば、美少女を確保しやすいということであるから、そのためのガシェットであったのだと推測できる。
ただ、べつにそれっていらないよねっていうことに、他の神様が気づき始めた結果、あべこべ世界妄想は、レアリティを構造的に補強する流れになっていった。
それが『男女比』である。つまり、男が女の10分の1とかそういう状況だ。
――世界人口の男女比はもはや1対30まで来ていた。
クラスだけではなく、なにがきっかけはわからないが、男のほとんどはTSしていたんだ。
だいたいクラスで男のままなのはひとりとかふたりとか、そのくらいの割合になっている。
元から生物的な女だった子たちは比較的マシなのだが、
「オレくん。好き……好き。いっしょかえろ」
「ボクとかえるっていったよね」
「私のお家でいいことしない? 今なら絞りたてのお乳もありますよぉ」
「俺といっしょに帰るっていったじゃねーかよ。うそつき(しょぼん)」
「あのさぁ……屋台あんだけど、焼いてかない?」
「オレくん、せっくすしよ(直球)」
ダメだこいつら……。
はやくなんとかしないと。
オレは特に何もしていないのに、SSRになってしまった。
つまり、位置づけとしてはオレはTS少女になってしまったらしい。
けれどうれしくなかった。
なぜだろう。
☆
ここに来て、オレはTSすることの意義をもう一度考えてみたかった。
本当は、かわいくなってちやほやされたいという交換価値的な欲望だけではないのかもしれない。自分の価値の高さでもって、ちやほやされるのを望むのではなく、今のオレの価値を捨ててでも、オレはTSしたい。また、オレは平凡なただの高校生になるのかもしれないけれど、それでもTSしたかった。
なぜなら――ちやほやされずとも、そこに価値を見出しているからだ。
砂漠で水が重宝されるのは、砂漠で水を得ることが難しいからである。
クラスメイト達にとっては、いまや『男』は希少な存在であり、だからオレには交換価値がある。
ただ、オレは……オレでしかなかった。
オレの中のオレの価値は、元の冴えない男子高校生のままだ。
オレの中では、まだTS少女は求めてもけっして得られない砂漠の水と同じ存在なんだ。
この幻想との隔たりが、オレの中に価値を生む。
オレの中の本源的な価値を。
接近したい欲望を生むんだ。
オレはTS少女になりたかった。
だから、神様。お願いします。
そう祈りながら眠りにつく。
――次の日、オレはTSした。
しかし、世界もまた変わっていた。
その世界では、女がきわめて少ないらしい。
わけわかんにゃい。
☆
あべこべ世界妄想について今一度思い出してもらいたい。
これは、レアリティを構造的に保証することによって、いわばレアリティチートをもたらすものである。TS少女が単純にあべこべな世界に行くとすると、問題となるのは、『女の子がほとんどいない』ことになってしまい絵面的にむさくるしいことこのうえないということだ。
それはそれで、逆ハー要素として需要はあるかもしれないが、わざわざTSさせるのは、男にも女にも、モテたいと考えるからである。
男にだけモテてもTSフリークからすれば、中途半端な感じがしてしまうだろう。
さて、ではどうするかであるが――、
カテゴリを分ければよいと考える。
つまり、男、女、TS少女とすればいい。
その世界では――
あべこべの世界よろしく『TS少女』が少ない。
まあ適当に、『TRUESEX少女』の頭文字をとって『TS少女』とでもしよう。
このTS少女は超激レアであり、世界で唯一TS少女を生むことができる存在である。世には普通に女の子もいるが、少女度が足りないと、TS少女を生むことができない。
というふうにすれば、主人公のレアリティを構造的に裏打ちしながら、TSの旨味も出せるだろう。
男も女も、TS少女については先天的にTS少女だとわかる。
これはフェロモン的な何かだということにすればよい。
かくして、あべこべ世界妄想がTSの亜種である時代は終わりを迎え、TSがあべこべ世界妄想の亜種である時代が到来するのである。
最高 希少種 少女
始まります。(始まるとは言ってない)
妄想だけはしてるんですけどね。