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異世界転生相談窓口《”Demonic Consultant”》  作者: 十条クイナ
第1話 誠司
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第1話 Reencarnación

「今ここにいる君が所謂、幽霊といった類のモノなのか、身体ごと蘇生したモノなのか、或いはそれ以外のモノかといった疑問は置いておこう。実にどうでも良いことだからね。」


 まさに他人事と言わんばかりだった。事実そうではあるが彼はそのことをまるで隠そうともしない。


「それにどうせ君はもう戻れない。世界の方も、君という極小の歯車が消滅したところで何の支障もきたしていなければ、何の痛痒も受けていないよ。

 そしてそもそも、あんな社会に戻るのは君だって二度と御免だろう?」


「・・・。」


 その他人を見下し、嘲るような言葉と口調。だがそれでも、男は特に感じ入るものはなかった。

 既に死んでいる身だからか、はたまた死んだという事実を突き付けられたからか。いずれにせよ男は虚ろな目で、只黙して江戸川の言葉を聞いていた。


「そこで僕は余りにも惨めで哀れな君達人間に、救いのチャンスを与えようと思い至ったのだよ。」


 そして一枚の紙を取り出し、


「これに見覚えはないかい?

 君がここにいるということは、この紙を知っている筈だ。」


 男へそれを指し示した。


『”あなたは死後、異世界転生をしたいですか?” ”はい。/ いいえ。”』


 ただ一言大きくそう書かれ、その下に自身の名前を記入する欄が設けられているだけの簡素で味気無い用紙。

 そして男にとっては、大分昔に見たことがあった様な気もするし、無いような気もする。

 何かの気紛れで書いたような、書かなかったような、その程度の曖昧でひどく朧気おぼろげな記憶だった。


「その顔を見るに殆ど覚えていないようだね。

 まあいいさ。現に君がここにいるということは、この質問に答え、そして自らの名前を書いたという何よりの証拠なのだから。」


 そう言って江戸川は別の紙を取り出し、男へ投げ渡す。

 それは全く同じ内容の用紙。だがそこには異なる点が二つあった。

 一つは、『はい』の回答が丸で囲まれていたこと。

 もう一つは、下の欄に己の名前が書かれていたという点だった。

 『佐藤誠司さとうせいじ

 そしてその筆致は間違い無くその男自身のものだった。


「異世界転生・・・。」


「そう、最近の君達のトレンドの異世界転生だ。当然君も知っているだろう?

 コレにわざわざ書き込むくらいだからね。そしてこれは契約書みたいなものだ。コレに回答して記名をした者はその死後にこうして一度、僕の下に来るようにしてある。」


「だったらッ!」


「お、良いね。目の色が変わった。

 そうさ、君が想像した通り・・・、僕が与えるチャンスと言うのは異世界に転生する機会のことだ。」


(やはりそうだ。)


 思わず心中でガッツポーズを決める。

 先程までの消沈は既に誠司の中から消え去っていた。それほどまでに”異世界転生”と言う魔語は魅力溢れるものだった。


「まあ、とは言え異世界もそれ程楽な世界と言う訳でも無いがね。」


 江戸川は肩を竦めながらそう付け添えた。

 しかしその言葉も最早、誠司の耳には入っていなかった。


 曰く、中世風の世界観。

 曰く、現代知識を保持したままの異世界開拓。

 曰く、チート有りでの俺ツエー無双。

 彼もまた、その手のライトノベルを様々愛読してきた。そして御多分に漏れずそう言った世界観に憧れを懐く人間の一人だった。


「まあ、君の様にこの紙の存在を記憶の彼方に置き忘れてしまっている場合が殆どだから、こうして一度僕の下に呼び寄せて言質を得る。そしてその人間に今も変わらず異世界転生したい意思があるのかを改めて確認して、その後に意思のある者は向こうへ送る。

 騙し討ちのように思われるのは、僕としても不本意だからね。故にそうした手順を踏んでいるのさ。」


 江戸川は、逸る男にそう説明を加えた。そして、


「と言う訳で、改めて君の考えを聞きたいな。君が異世界へ行きたいかどうかを。」


 改めて、目の前の浮かれる男に問い質す。


「もしここで断れば?」


「別に何も。只君は再び眠りにつくだけのことだ。」


「どんな世界なんだ。」


「君達が知っている、或いは君達が想像するような世界でおおよその違いは無い。魔法といった類のものも存在するし、当然ドラゴンやオークなんていった化物じみた生物も存在する。

 もしかしたら、魔王なんてモノもいるかもしれないね。」


「今もっている俺の知識や記憶、技術は。」


「それも君の自由だ。全て持って行きたいならば、保持したまま転生させることも可能だし、要らないと言うのならば、全て忘却させることも可能だ。」


「チートは貰えるのか。」


「欲しいのならば、サービスで一つだけあげよう。」


「何でもか。」


「”君の想像力が及ぶ範囲でならば”、という条件は付くがね。」


 その回答に男はほくそ笑み、更に上機嫌になると、


「少しの間、考えさせてくれ。」


 と言って、彼は考え込んだ。しかしその思考ももはや異世界転生するかどうかでは無く、チートで一体何を貰おうか、といった別のものに早くも変わっていた。

 もう彼の中では既に異世界に行くことは決定事項になっていたのだ。

 そうしてしばらくく思案に耽った後に、遂に彼は結論を出す。


「俺の意志は変わらず、異世界転生を希望する。その際に、これまでの記憶やら知識やらも全て向こうの世界に持って行きたい。」


 そして肝心肝要の部分。


「そして俺が貰いたいチートは剣術だ。

 ドラゴンだろうが、魔王だろうが、世界一の剣豪だろうが、異世界の誰にも負けない、最強の剣技とそれに見合う剣が欲しい。」


 誠司が望むものを告げた。


    ※


「へえ・・・、それはまたどうして剣術を?」


 江戸川は興味深げに尋ねた。


「異世界ものの華といったら、やっぱり勇者と剣だからな。

 そして勇者と言ったら、誰もが驚き羨み、そして感動する英雄譚が欠かせない。だから俺もそんな伝説となるような偉業を残したり、冒険がしてみたいんだッ!」


 まるで純粋無垢な少年が己の夢を語るかのように、生き生きとした表情で熱く己の心中を語った。

 少し前までの、まるで死人か何かのような暗く鬱屈した顔とはまるで訳が違う、生者の活力に満ちた嬉し気で、楽し気な様相だった。

 そんな彼の変わりように、


「やれやれ・・・、チートは一つと言ったんだがな。」


 江戸川は思わず苦笑を零した。


「まあいいさ、今回は特別サービスだ。

 最強の剣士なのにそれに見合う武器を持っていないというのも、不格好で締まらない話だからな。君の熱意に敬意を示して更に武器も一緒に付けてあげよう。」


 そして一言、


「”Es hora de irse para el mundo.”」


 江戸川は何かを呟いた。

 すると、彼と誠司の間に随分と古風な石造りの扉が出現した。やがてその扉は内側へと少しづつその石の戸が動き、開き始める。

 戸の隙間から差し込む強い光が、薄暗い部屋を明るく照らし出す。

 そして漸く異世界への門が開き切った。

 扉の奥は、眩いばかりの光に満ちていた。まるで日の光の様に暖かく、彼の身も心も優しく包み込んでくれるかのような輝きだった。


「さあ、これで総ての準備が整った。」


 扉の向こう側からそんな声が聞こえた。そして、


「さあ、喜びなよ。君達が恋い焦がれた異世界転生だ。」


 江戸川は心の底から祝福するように、そして心の底から冒涜するように声高に宣言した。

 だが誠司はそんな些事に頓着しなかった。

 目の前にはそれこそこの男が憧れ、恋い焦がれ、夢にまで見た世界が広がっていたのだ。

 希望に満ちた光輝が彼の眼の中に溢れ返っていたのだ。

 だからこそ最早、小事には目もくれない。


『何故こんな真似が出来るのか。』

『こんな真似が出来るお前は一体何者なのか。』

『そしてそもそも、何故こんなことをしているのか。』


 これまでに彼が懐いて来た様々な疑問は、目前の光景によって何処か彼方へ追い遣られてしまっていた。

 文字通り、大事に目がくらんでいたのだ。

 そして何の疑問も無いままに、一歩、また一歩と光の海に向かって足を進める。

 奇しくもそれは、自身の終焉の時に似ていた。だが誠司がそんな些細なことに気付くことはない。

 そして、そして。

 プッツリと、カメラのフラッシュが焚かれたかのように、己の世界が"明転"した。

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