それが叶わぬ願いと知りながら ② [フレイシア・リインクス]
「如何ですか、アベル様。お口に合えばよいのですけど」
「はい、王女殿下。これほど美味しいお茶を口にしたのは初めてです。何分、辺境の田舎者ですゆえ気の利いたことを申し上げることはできませんが、夏の果実のような、爽やかで心地よい香りがいたしますね」
「あら、さすがはアベル様です! こちらの茶葉は大陸南部に生息する、この時期にしか収穫できない――」
少年と、少女。
年頃の近いふたりの人間が、丸い卓を囲み、向かい合っている。
場所は、城内の中頃にある外に張り出した露台。
そこからは、外の景色がよく見渡せた。
城下、王都の町並み、遠く彼方にある防壁、そしてその外に広がる丘までも。
日差しは強すぎず弱すぎず、風は穏やかで、天にはよく晴れ渡った青空と白い雲。
実に良い陽気である。
外を見渡せるこの場所で茶を楽しむには、絶好の時間、天候だった。
「こちらの焼き菓子も、どうぞ召し上がってくださいな。わたくしのお気に入りなのです」
「では、有り難く」
この茶会の主は少女のほうで、少年はその招待客だ。
少女の名を、サリエリーナ・フォイゲン・ラファイエル。
少年の名を、アベルと言う。
どちらもこの世界にとって、この上なく重要な人物だった。
なにせ一方は、大陸唯一の国家であるこのラファイエルの第一王女殿下であり、もう一方は数ヶ月前に見出された人類の希望――勇者なのだから。
王族の血がなせる業なのか、勇者の資格とはその容姿さえも加味されるのか、どちらも優れた容姿の持ち主だった。
アベルは黒髪黒瞳で涼しげな顔立ちをした十二、三に見える年頃の少年である。
ここ最近はぐんぐんと成長して幼さが抜けつつあるというのに、ともすれば少女にも見える中性的な雰囲気は初めて会ったときより変わらず、近頃では色気のようなものまでまといはじめていた。
……これから彼にのぼせ上がる侍女や召使い、騎士がさらに増えていくだろうことを思うと、なんとも言えない気分になる。
一方、王女殿下はアベルよりも幾つか上のご年齢で、陽の光にやわらかく輝く金色の髪に空色の瞳、どこか鋭いというか、冷たさを帯びた顔立ちをなさっている。
微笑まれるとふんわりと優しげな雰囲気になるのだが、表情を浮かべず黙っていると鋭さがより強調され『氷のような美貌』と言い表されることもあった。
それが、この第一王女殿下という御方だった。
勇者側の守護騎士である私は、そんなふたりをアベルの席の斜め後方――露台の端に控えて見守っていた。
同じように、王女殿下の後方には殿下の守護騎士がひとり控えている。
殿下に似た金色の髪を長く伸ばした、長身で、凛々しい顔つきの青年。
「…………」
一瞬、視線が合うが、すぐにこちらから逸らした。
昔から、どうにも、いけ好かない男だったからだ。
決して、先日の立ち会いでなにもできず完敗してしまったことが原因ではない。
意識を、ふたりに戻す。
――勇者と王女殿下。
ふたりは、日々の鍛錬や務めの合間を縫っては、時折このように他愛のない会話を交わす時間を作っていた。
特別なことをするわけではない。
茶や菓子を楽しみ、日々の出来事を語り合うだけの穏やかなひと時。
王女殿下のお相手をするアベルの所作には、数ヶ月前までは辺境の小さな村の子供だったとは思えないほど、たしかな品があった。
さすがに生まれたときより最上の教えを受けてきた王女殿下ほど洗練されているわけではないが、かといって見劣りするほどでもない。
それだけの品を、どういうわけか、当初よりこの少年は備えていた。
「アベル様にも気に入っていただけたようで、うれしいですわ。もしかしたら、わたくしたちの好みは似ているのかもしれませんね」
「だとすれば光栄なことです。もっとも、田舎で育った私からすれば、この城でいただくものはどれもこの上ないご馳走ばかりで、好みでないものなどひとつもございませんでしたが」
「まあ。でしたら、やはりわたくしと同じですね。わたくしも料理人が今の者に変わってからは、一度も口に合わないということがないのです」
口元に手を当ててくすりと微笑まれる殿下に、アベルもまた笑い返す。
……このふたりが笑い合うと、途端に、花開いたような華美な気配が周囲に溢れかえる。
武骨者という自覚がある私からすると、この空気はなんとも居心地が悪いものだった。
どうにも落ち着かない気分になる。
「ところでアベル様。鍛錬の調子は、如何なのでしょう? 随分と、その……厳しいものであると、伝え聞きますが」
だが、その雰囲気も次に殿下が口にされた言葉で、沈んだものになってしまう。
遠慮がちに問われた殿下は、ちらりと後方に控える己の守護騎士に視線をやってから、またアベルへ戻す。
「鍛錬の成果は出ている、と思いたいところですが……当事者としての意見を伺ってもよろしいですか、騎士グレン」
小さく苦笑したアベルは、その目を殿下の後方の騎士に向ける。
守護騎士、グレン・ヴァンブレスト。
その名からわかる通り、我らが騎士団の長であるガリオン様の子息である。
ガリオン様――レイトナー公は陛下の弟君であるから、騎士グレンは王女殿下の従兄弟でもあった。
守護騎士として付けられているのはその縁もあるのだろう。
父君の類稀な武人としての資質を十全に受け継いだ彼は、二十を少し越えたばかりの若さでありながら、その武勇はすでに騎士の中でも群を抜いていた。
ガリオン様を追い抜く日もそう遠くはないだろうと、周囲からは目されている。
そんな彼と、個人の武勇としてはこの国最高であるガリオン様。
勇者の稽古相手は、主にこのふたりが交互に務めていた。
鍛錬の成果を訊くならば、たしかに、アベルよりも彼に訊ねたほうが早いだろう。
「…………」
アベルの視線を受けた騎士グレンは、すぐには口を開かなかった。
許可を求めるように、主である王女殿下を見つめる。
後ろを振り返った王女殿下が小さく頷いて見せると、ようやく一歩前に出て、軽く頭を下げた。
「では僭越ながら、私からお伝えさせていただきます。勇者殿は、武人として日々目覚ましい上達振りを見せております。その腕前は、現時点ですでに、叙任されたばかりの騎士であれば打ち負かすことができるほどの域にあります」
頭を上げた騎士グレンは、表情を動かさず淡々と告げる。
「グレン、生憎わたくしは武に関することには疎いのですが、それは、その……すごいことなのでしょうか?」
「勿論です、王女殿下。……これは、通常では考えられぬ成長速度です。勇者殿の上達ぶりは、唯人とは一線を画している――そう表しても過言ではないでしょう」
「まあ!」
騎士グレンの言葉を聞いた殿下は、口元に手を当てると、目を大きく見開いた。
ぱちくりとした眼で、照れ笑いするアベルを見やる。
「やはり、アベル様は特別なのですね。知れば知るほど、近くで接すれば接するほど……アベル様はまさしく勇者に相応しい御方なのだと、わたくしは思い知らされます」
そこまで仰ったところで、殿下の視線が、そっと伏せられた。
眼差しが、憂いの色を帯びる。
「ですが、だからこそ……無理をなさっておられるのでは、ありませんか?」
「無理、ですか?」
首を傾げるアベルに、殿下はこくりと頷かれた。
「勇者たる資質があることと、実際に勇者として在ることは、まったく別の問題でしょう? アベル様はわたくし達が求める勇者たろうとするあまり、ご自分が受ける痛苦を無視なさって、その身へ無理を強いているのではございませんか?」
殿下の言葉に思いだすのは、アベルの鍛錬する光景。
事情を知らぬ者が目にすれば、常軌を逸していると断じるだろう拷問じみた『日常』。
最初は、私やベイルのやつとて止めようとした。
なにせ聖寵の探索回収任務を果たし、なんとか王都に帰還した私達が次に命じられたのは、勇者殿をお守りすることだったのだ。
守護騎士である私達が、見過ごすわけにもいかなかった。
だが、止めることはできなかった。
「必要な、ことですから」
あのときも、アベルは同じようなことを口にした。
苦笑しつつもはっきりと言い切る彼に、現状を憂うような気配は微塵も感じられない。
「肉の苦しみ、痛みなどたかが知れているでしょう? 私はそのようなものより、行うべきことを行わなかった結果、取り返しのつかない事態を招いてしまうことのほうが、何倍も、ずっと恐ろしいのです。身体が無事であっても、きっと、この心が死んでしまう」
そう言ったアベルの目は、遠いどこかへ向けられていた。
その横顔はハッとするほどに大人びて――老成して見える。
「だから私は、誰のためでもなく、ただ私が望む結果を手に入れるために必要なことをしているに過ぎないのです」
「望む、結果……?」
どこか気圧されたご様子だった殿下が、絞りだすように言葉を返す。
それを聞いたアベルは、なにかを思い出したのか、くすりと笑みを零した。
「これを口にするのは、二度目ですが」と前置きして、答える。
「守りたい人がいるんです。大切な、人なんです。そのためならば、この骨を折られようと、この手足をもがれようと、この目を抉られようと、業火に焼かれようと、なんてことないんです」
そう言い放ったアベルは、面映げに頬を指で掻く。
「冷静になってみると、これ、やっぱり恥ずかしいなぁ……王女殿下、内緒にしてくださいね」
真白な頬を薄紅色に染めた彼は、唇の前で人差し指を立てると、目を細めてふわりと微笑む。
その様は、己が立場も忘れて思わず見とれてしまうほどに可憐だった。
ほうっと無意識のうちに漏れた吐息で我に返り、慌てて意識を引き締める。
見れば王女殿下も、普段は冷ややかな表情しか見せない騎士グレンも、呆然としていた。
考えてみれば、おふたりがアベルのこういった危うげな様を目にするのは初めてだったかもしれない。
アベルが殿下とお会いするときは、性別や元々の――というより実家の身分の高さから、いつも私が守護騎士として付いていたが、こうまで素の顔を見せることはなかったように思う。
少しずつ、このふたりの距離も近づいているのかもしれない。
「……こほん」
私が軽く咳払いをすると、その音に殿下と騎士グレンは正気を取り戻したようだった。
視線をあちこちにさまよわせたあと、やがて殿下は諦めたように、ふう、と溜め息とも吐息ともつかない声を漏らした。
「そういうのは、わたくし、ズルいと思うのです」
羞恥心からか、或いは別の感情か、赤みを帯びた頬に手を当てた殿下は視線を落として小さな声で仰った。
その唇が少しだけ尖っているように見えたのは、私の気のせいだろうか。
「殿下?」
「……いえ、なんでもありませんわ」
「はあ」
気の抜けた返事を返すアベルを、殿下はちらりと上目遣いで見上げる。
「大切な人、というのはご一緒に王都までやって来られた子のことですね?」
「はい。今は宮廷魔術師殿のもとで、日々その術を学んでいます。素直で、気が優しくて、とてもいい子ですよ」
「……少し、羨ましいですね」
「殿下も魔術にご興味がおありですか?」
意外だ、という顔をするアベルへ、殿下はじっとりとした眼差しを向ける。
「アベル様は、ときどき、とてもぽんこつになりますね」
「えっ?」
先ほどまでと比べると随分と砕けた様子で、ふたりは言葉を交わしていく。
これ以上聞いていると表情が崩れてしまいそうになるので、私はふたりから視線を外し、外の景色へと目を向けた。
遠方をぐるっと見渡してから、足元――眼下に広がる城内の庭園に目を落とす。
迷路のように張り巡らされた通路を、数人の騎士が巡回している。
彼らも色とりどりに咲き誇る花々を目で楽しんでいるのか、足取りはゆっくりとしたものだった。
「……?」
と、その庭園の隅で、騎士より一回りも二回りも小さな影が動くのが目に入った。
目を凝らせば、それが人影だということがわかる。
黒いローブのようなものを着込んだ、おそらく子供ぐらいの体格。
こちらを、見上げているようだった。
視線が、合ったような気がする。
「……やれやれ」
その背格好の人物に、心当たりがあった。
どうしてそんな場所にいて、なにをしているのかも、概ね想像がついた。
世界というものは、どうにもままならないものだと、私は思った。
「こんなところで、なにをしている」
王女殿下との茶会が終わり、アベルは自室へと戻った。
その護衛は別の者に任せ、私は城内の庭園へとやってきていた。
極彩色の花々で造られた通路の中を奥へ奥へ進んでいくと、やがて行き止まりに突き当たる。
その隅、陰になったところに、そいつは蹲っていた。
「…………」
黒いローブで頭から足の先までをすっぽりと覆い隠して、落ち込んだように膝を抱えている。
その顔は陰になってしまって、窺えない。
だが、それが誰なのかはわかっていた。
彼女は、まるで暗がりと一体化してしまったかのように、陰鬱な空気を放っていた。
「やれやれ……。近くに腰掛けがあるのだから、せめてそちらに座ったらどうだ? そのままでは、さすがに行儀が悪い」
「……どうせ、田舎者ですから」
拗ねた声でそんな言葉を返してくる彼女へ、溜め息をひとつ。
仕方なくそちらへ腕を伸ばすと、ローブに包まれ彼女の小さな身体を問答無用で抱え上げた。
「えっ、ちょ、わ」
「こら、暴れるな。落ちるぞ」
動揺する彼女に一声掛けてから、そのまま近くの腰掛けまで運ぶ。
強い衝撃を与えないようできるだけそっと下ろしてから、自分も隣に座った。
「そら、その暑苦しい頭巾も外すがいい。この晴れた日に、陰気臭い」
俯いたまま、頑として語ろうとしない彼女の頭を覆っていたものを外せば、中から現れたのは目に鮮やかな赤。
美しい赤毛をふたつに結った、勝ち気な顔立ちの少女だった。
――イザーナ。
それが、少女の名だ。
勇者アベルと同じ村出身で、兄妹同然に育ったという子供。
現在は勇者の強い推薦で宮廷魔術師のもとで学んでおり、年齢を考えれば末恐ろしい才能を発揮しつつある才女。
「……どうせ陰気臭くて、ついでに可愛くもない田舎者ですから」
そんな、王都でも急速に名が広まりつつある彼女も、今はただひとりの純朴な少女でしかなかった。
唇を尖らせて、こちらとは視線を合わせないまま地面に目を落としている。
その仕草はひどく幼く礼儀に欠いたものだったが、私に気を許してくれている証だと思えば、そう悪い気はしない。
出会った当初の堅苦しい態度から比べれば、ずいぶんと気安くなったものだ。
貴族の名家に生まれ、それに相応しい子女として厳しく育てられた身からすれば、平民特有のその距離感の近さが、面映ゆくも心地よい。
アベルが私達身近に接することが多い者に同じような距離感を望むのも、そういった平民的な気質ゆえなのだろう。
「まったく、その頑固なところはアベルに似たのか? お前達、そいうところは本当にそっくりだな」
「…………」
「大体、言うほどお前の容姿は悪いくないだろう? お前に限らずアベルもそうだが、ふたりとも、とても辺境育ちの平民とは思えんほど見栄えがいい」
本人は自分のことを田舎者と自嘲するが、その外見は王都育ちの民や貴族出身の婦人に比べても何ら遜色がない。
いまだ幼さを色濃く残しているが、日々成長するイザーナは、徐々に可愛らしさより美しさを身にまといはじめていた。
将来相当な美人になるだろうことは、騎士の間でも話の種になっている。
「……それでも、お姫様にはかないっこないもん」
ぶすっとした顔のまま呟くイザーナに、苦笑してしまう。
「それは仕方なかろう。王女殿下は、この国で最も美しいと評される陛下と王妃殿下の御子なのだ。その上、生まれ持った美をより研磨するため、最高の環境に身を置いてお育ちになった。余人と比することのできる御方ではないさ」
「アベルも……やっぱりお姫様のほうが、いいのかな」
沈んだ声で呟いたイザーナは、その視線をはるか頭上――城の中頃より張り出した露台へと向けた。
先刻まで、殿下とアベルが茶を楽しんでいた場所。
切なげにそこを見やる彼女に、あの場でアベルがどんな表情で、どんな言葉を口にしたのかを教えてしまいたくなる。
もっとも、本人から絶対秘密にしておくようにとお願いされていたから、残念ながらそれを伝えることはできないのだが。
「魔王を無事倒すことができたら、アベルはお姫様と結婚するんですよね?」
「む……。まあ、十中八九そうなるだろうな」
わずかに言いよどむも、結局正直に答えることにする。
多少なりとも歴史を学んだ者であれば、容易に推測できることだ。
伝え聞くに、イザーナは魔術だけでなくその他の基礎的な学問も学んでいるということだから、それで知ったのだろう。
ラファイエルは、初代勇者によって興された国だ。
よって、王族とは初代勇者の直系を意味する。ゆえに、王族はその血の正統性を維持するため、勇者が新たに現れるたび彼らを迎え入れ、取り込んできた。
なにか余程のことが起きない限りは、此度も、その例にもれないはずだ。
ああやって定期的に顔を合わせて親しげな姿を周囲に見せているのも、それを意識してのことであるのはまちがいない。
お相手に第一王女殿下が選ばれたのは、王族の未婚女性のうち、最もアベルに近い年頃だったからだろう。
「だが、それも半ば勇者の義務のようなものだ。勇者として立った以上、受け入れるしかない。……それは、アベルも理解しているはずだ」
「……っ」
私の言葉に、イザーナの顔が歪む。
今にも泣き出しそうだった。そのあまりに悲しげな表情を見ていると、胸が痛んだ。
あの夜の、黒焦げになったアベルの身体の前で泣き喚く彼女の姿が思い起こされる。
一連の出来事を遠目から見ていることしかできなかった、民を守る騎士であったはずの己の無力さもまた、はっきりと蘇る。
口の中に、苦い味が広がった。
「まあ、しかし、それほど悲しむ必要もない」
その思いを面に出さぬよう抑え込んで、私はイザーナの頭に手を乗せた。
潤んだ目でこちらを見上げる彼女に、笑って見せる。
少なくともこの件においては、私は完全な無力ではなかった。
「なにも勇者の婚姻相手がひとりであると限ったわけではないからな。平民ではどうか知らないが、貴族の間では妻を複数持つのは特別珍しいことではないんだ」
「え、そ、そうなんですか?」
ぎょっとしたように目を見開く彼女へ、頷いた。
「もちろん、正妻の座が王女殿下であることは変えようがないが、その他であれば、十分お前も可能性がある」
イザーナの魔術の才は、アベルが予見したとおり凄まじいものがある。
それこそ本当にこの国一番の大魔術師に成り得るだけの可能性を秘めていた。思えば、あの勇者誕生の夜、聖剣を抱えた彼女が魔術の一種らしき魔物の攻撃を察知できていたのも、無意識に才能を発露させていたからなのだろう。
そんな彼女だ。本格的に魔物の侵攻が始まるまでにどれだけ成長するかにもよるが、来る戦では相当な活躍を見せるだろうことが一部では予想されていた。
加えて、彼女はアベルと同じ村で生まれ育った平民でもある。
ともに育った平民出身のふたりがともに立身し、ともに戦い、ともに生き残り、やがて結ばれる――というストーリーは平民受けも大変によろしいだろうから、後ろ盾があればまちがいなく妻のひとりとしてねじ込むことは可能だろう。
そう私が説明すると、イザーナは困惑した目で私を見上げる。
「後ろ盾って……」
「私に任せておけ。私の実家はそれなりに家格の高い貴族だからな。お前ひとりぐらい、どうとでもなる」
「えっと、じゃ、じゃあ、アベルのことは、諦めなくても……いいんですか?」
恐るおそるといった調子で訊いてくる彼女の頭を、ガシガシと乱暴に撫で回す。
「もちろんだ。お前達がともにいようとすることを、誰が邪魔できようか。それこそが勇者が勇者として在る理由だというのに。もしそれを拒もうとする輩がいたならば、勇者の守護騎士たる私が斬って捨ててやるとも」
私の言葉を聞いたイザーナの顔が、途端にパァッと明るくなる。
こちらまでつられて笑顔になってしまいそうな、子供らしい無邪気な笑みが浮かぶ。
破顔する彼女を目にして、心があたたかくなるのを感じた。
しかし同時に――どうしてか、心のどこかが、チクリと刺されたように痛みを発した気がした。
それはほんの一瞬のことで、すぐに消えてなくなってしまう。
おそらく、気のせいだったのだろう。
脳裏に、どこかの誰かの少女めいた顔が過ぎったように思うのも、きっと気のせいだったにちがいない。




